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「問い」こそが、人生を面白くする

 AIに対抗する、と聞いて、ぼくはまず「対抗」という言葉の響きに驚いた。ここ最近のAIの勢いは凄まじいが、そもそもぼくは何かに抵抗しながら生きるのが得意ではない。

 朝目が覚めて、ベッドの中から出る。そして、布団の中にいる猫を撫でた後に、朝食の用意をする。ソファに座って、トーストを食べながら、窓の奥を眺める。その後、今日の天気について調べ、何を着るのかについて考える。寒波が来ている場合は、少し厚着を選ぶ。寒さが少しマシな場合は、ヒートテックを切るか迷う。服を選んでからまた窓の奥の空を眺め、物思いに耽る。特に何かを得たいわけではない。ぼーっとしていると、何かの小説の一節を思い出したり、ふと誰かとの思い出を回想したりしている。そうしているうちに、いつの間にか一日が始まっている。

 AIには、そういう迷子のような時間はないのだろう。AIはなんでも知っていて、なんでも答えられるらしい。知らないことがあれば、インターネットで検索をかけて、最適な答えをすぐに導き出すことができる。人間には考えられないような速度でAIは発達を遂げていて、いつかAIに負ける日がやってくるのかもしれない。

 けれど、例えば「誰かに恋をしている気がするけれど、それが本当に恋なのかわからない」という問いに対して、AIはどう答えるのだろう。わかりませんときっぱり答えるかもしれないし、推測でそれは恋ですと答えるかもしれない。あるいは、「喫茶店で隣に座った男性の香水の匂いが、ふと、昔好きだった人の香りを思い出させたのだけれど、それをパートナーに伝えるべきだろうか」と悩んでいる人に、AIは何を言うのだろうか。ある程度的を得た答えを導き出してくれるかもしれないけれど、本人たちの気持ちに対する問題の本質まではAIにはきっとわからない。

 ぼくは、そういう問いこそが、人生を面白くすると思っている。数字やデータで導き出せない問いがこの世にはごまんと存在している。答えがひとつではなく、どこまでも曖昧で、確かめるすべがないもの。間違えたり、遠回りしたり、あとになって恥ずかしくなったりするもの。そういうものを抱えながら生きるのが、人間の特権なのではないかと思う。

 ぼくは、文章を書くとき、いつも曖昧さを大事にしている。

 例えば「この登場人物は結局、幸せになったのか?」と聞かれても、はっきりと答えたくないことが多い。なぜなら、人生にはそういうことがたくさんあるからだ。物語は一旦おしまいになったかもしれないけれど、彼らの人生は物語を終えた後もずっと続いていく。一定期間はうまくいっているかもしれないし、すぐに不幸に見舞われたかもしれない。1年、2年先は予想で答えられる可能性はある。でも、10年、20年後は書いた本人すらわからない。そういう余白を持たせるのが好きだ。いや、その存在がなければ、書く意味がないとすら思っている。

 例えば、AIに「恋愛物語を書いてください」とお願いすると、ハッピーエンドかバッドエンドのどちらかを選ぶだろう。それは余白のない文章だと言っても過言ではない。あらゆる情報が詰め込まれ、理路整然と整理され、もっとも効率の良い言葉を並べた物語。

 でも、人はいつも、そういう文章を求めているわけではない。むしろ、曖昧なままのほうがいいことだってある。はっきりと言葉にしないからこそ、伝わるものがある。説明が不十分であるが故に妄想も膨らむし、自身の経験を登場人物に投影することもできる。そして、そこから意味を考え、その人にとってのかけがえないものを生み出す可能性もある。

 AIには、おそらく「揺らぎ」がない。人生は白黒はっきりしているものばかりではなく、グレーに近いもので構成されている。AIは何かを言おうとして、言葉を変え、また変えて、文章の中に戸惑いを生み出せない。『ONE PIECE』のシルバーズ・レイリーは「戸惑いこそが人生だよ」と言った。「戸惑い」が生まれるからこそ、人間は言葉を使う。戸惑いの中で生まれる感情、それを深掘りし、言語化能力を培う。その過程を経て生まれたものこそが体温が宿る言葉だと考えている。

 けれどぼくは、AIに対抗しようとは思わない。なぜなら、AIの台頭は誰にも止められないからだ、対抗するのではなく、共存の道を選ぶ。AIは、人間とはまったく異なる方法で世界を理解し、それに適した言葉を扱う。そこに感情は含まれていない。それはもう別の生き物だと読んでも過言ではない。

 ここ最近は「やばい」「エモい」など言葉が簡略されてガチだ。簡単な言葉で何かを表現するのは簡単である。でも、それは物書きの性分とはかけ離れている存在だ。言葉にならないものを、どうにしかして言葉にしようともがく。その瞬間にこそ、人間らしさが宿るのだろう。

 だから、僕は戸惑いの中で、生まれた感情を言葉にする努力を怠りたくない。それはAIがどれだけ発達しようとも、成し得ないものだから。そして、それこそが人間の書くものが持つ、唯一の魔法だと言っても過言ではない。

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サトウリョウタ@毎日更新の人
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