おじいちゃんの死が僕に気付きを与えてくれた
ご覧いただきありがとうございます。
この記事は、非常に個人的な話になりますが、読んでいるあなたにも何かしらの気づきがあればいいなと思って書きました。
ネガティブな感情が少しでもあなたの背中をさすってあげられたら幸いです。
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2019年の12月、当時23歳だった頃
B型肝炎の癌を患っていたおじいちゃんが通院生活をしていると母から聞きました。
おばあちゃん1人でワンオペは厳しいだろうなと感じ、勤めていた現場監督の仕事を辞めて、実家に戻りました。
僕が社会人になり、東京に上京し1年。
久しぶりに会ったおじいちゃんの姿は、昔よりもだいぶ細く、腰も曲がり、自分の力ではほとんど歩けない状況でした。
朝起きておじいちゃんのところに向かい、おばあちゃんと行きつけの病院に通う日々でした。
僕が実家に帰って2ヶ月後、おじいちゃんの容体が急変。
それから回復したものの1人では歩けなくなりました。
おばあちゃんと話し合い、おじいちゃんの抗がん剤の量を少しずつ減らしていくことになりました。
つまり、延命治療をやめる。もう長くは生きられない。
そう告げられました。
2020年4月、世界各国でコロナが流行り始めた頃、
再就職先も決まり、いよいよ再上京する時がやってきました。
行ってくるねと、痩せこけたおじいちゃんの手を握ったとき
『これがおじいちゃんと過ごせる最後の時間だ』と悟り、泣いてしまいました。
それから上京して数週間後、とうとう日本でもコロナ感染者数が爆増し、ロックダウンするほどでした。
2020年5月、おじいちゃんの容体が急変。
母から、おじいちゃんはもう危ないかもしれないと電話が入った次の日
おじいちゃんは帰らぬ人となりました。
親からコロナで葬式には出るなと言われ、実家に帰れず1人東京に残りました。
生前、おじいちゃんが冗談混じりで
『もし、俺が死んだら葬式は悲しくない方がいいから歌を歌ってほしい』と言われたのを思い出し、
おじいちゃんの好きだった『カントリーロード』をスタジオで歌って収録し、葬儀の場で映像として流していただきました。
人生で初めて、『人の死』というものを経験し、
こうしている間にも過去の自分には戻れないこと、おじいちゃんにはもう会えないこと、それでも時間は進んでいることを意識するようになりました。
自分の人生は誰も責任を持ってくれないものであり、
正しかろうが間違おうが、全て自己責任。
うまくいくかどうか不安
これから先が不安
いろんな不安が付きまとう世の中ですが、その世の中に左右される人生を送っている自分が悪いんだと認識しました。
周りの目を気にして、自分が本当にやりたいことから目を背けていたなと実感しました。
僕にとって大事なこととは、時間でした。
これは何にも変え難いものだし、お金でも変えられないもの。
いろんな曲の中でも歌われていたり、SNSやネットでも時間を大事にしようねっていう発信を見ていてもどこか他人事の自分がいました。
ですが、おじいちゃんの死をきっかけに、なんかやっと本質的にわかったような気がしました。
おじいちゃんの死は僕にとってネガティブなものでしたが、思い出すことによって今一緒に過ごしている人や、自分の時間がとても尊いものに感じる。
思い出してみると切なくて悲しい思い出も、今を大切にするために思い出してみるのもいいなと感じます。