子供を産まず、社会性だけでも「母性」を獲得するその仕組みとは?
Oxytocin neurons enable social transmission of maternal behaviour という論文がとても面白かったので、論文の内容をそのまま紹介します。
(前提)オキシトシンによって母性本能が開花する基本メカニズム
マウスでは、母性ホルモンであるオキシトシンが母マウスで分泌されることで、聴覚野の神経可塑性を高め(=神経が外部刺激に対して機能的、構造的な変化をしやすくなる)、仔マウスの苦痛(声)を母体が認識することを可能にしています。
オキシトシンは出産や授乳に関連して視床下部(室傍核:PVN)から放出されます。
母性行動は経験によっても獲得できるの?ネズミでは?
ヒトを含む霊長類では社会的相互作用によって、経験豊富な世話人や乳児の指導や観察により、生物学的な親ではない者が子供の世話をすることを学ぶことができるが、これは他の種でも可能なのか分かっていませんでした。
母性行動を学ぶ未婚マウス
未婚マウス(処女マウス)を巣に導く母マウス
母マウス・仔マウス・未婚マウス(処女マウス)を同じゲージの中に置くと、母マウスは未婚マウスに攻撃的になるのではなく、何度も自らエスコートして未婚マウスを巣に導きます。
子育てを視覚的に学ぶ未婚マウス
未婚マウスの前に透明なバリアと不透明なバリアを置いた場合、母マウスが仔マウスを回収する動作が見れる透明バリアの前にいた(視覚的に学習ができた)未婚マウスのみ、母マウスを真似て仔マウスの回収動作を自発的に行うことができた。
視覚だけでなくオキシトシンも重要
オキシトシン受容体(OXTR)をノックアウト(=機能しなくする)した未婚マウスの場合は、透明バリアの前で仔マウス回収動作を見ていても、動作を真似て回収を始めることはなかった。従って、視覚的な情報と共にオキシトシンの分泌も必要なことが分かった。
母性行動のトリガーになる左聴覚野
母マウスから視覚的に母性行動を学んだ未婚マウスは、仔マウスの鳴き声に対して主に左聴覚野が反応し、回収行動に移ります。
母性行動の観察中に活性化する左聴覚野
仔マウスの回収を行える未婚マウスの場合は、透明バリア越しに母マウスの行動を観察している際に、視床下部(室傍核:PVN)→ 聴覚野の投射が活性化します。
反対に、仔マウスの回収を行えるようにならない未婚マウスの場合は、行動を観察している際に、PVN→聴覚野の投射が有意に活性化されません。
左聴覚野の活性化にもオキシトシンが関係
未婚マウスの左聴覚野に対してオキシトシン受容体拮抗薬(OTA)を注入し、オキシトシンが左聴覚野に対して機能しなくした後に透明バリア前で回収動作を観察しても、この場合は回収動作の学習が起こりません(=回収行動ができない)。
まとめ
マウスにおいても自分で子供を産まなくても、母マウスの仔マウスに対する行動を観察するだけで学ぶことができます。
母性学習から母性行動に至る脳の経路
学習は視覚的に起こるため、目の前が見えない状態では学習が起きません。
また、視覚的な入力は脳の上丘(じょうきゅう・Superior Colliculus)へと繋がっていますが、その上丘の視覚層から視床下部(室傍核:PVN)のオキシトシンニューロンへ直接投射があることも分かりました。
仔マウスの鳴き声を聴いた際には、この視床下部から左聴覚野への経路がオキシトシンを介して活性化されます。
母性行動における社会的学習の重要性
子供を産まずとも、共同生活を通じて獲得する「親行動」は、いざ親となった時の初期の育児行動を改善し、また、このような能力の獲得は幼少期においても可能かもしれないと研究者は考えています。
論文は『社会的に伝達される親行動は、ネズミやヒトのような社会的な種において、子孫の生存と反映を保証するために有用である』という考察で締めくくっています。
【龍成メモ】
今回はあくまでもマウスでの実験ですが、(男女問わず)私の友人でも姪っ子や甥っ子の写真や生活をよくFBにアップしているのを目にします。実際、お家に行く機会も多いと思いますが、今回の話のように視覚(もしかすると聴覚)を通じて視床下部が活性化されてオキシトシンが出ているのだろうか…と考えてしまいました。