【書籍紹介(ネタバレ)】億男 ~ この小説の物足りなさはどこから来るのか
あるYoutubeで「億男(おくおとこ)」が紹介されてたので、読んでみました。この小説が掲げるテーマや、たまに出てくる名言が面白く、一応最後まで読んでしまいました。
ただ、読み始め時に抱いた(私の勝手な)期待は最後まで満たされることはなく、なんとなく小説は終わってしまいます。岡田斗司夫も指摘してましたが、惜しい小説…という印象です。でも、面白いは面白いです。
億男のあらすじ
一男(かずお)は九十九(つくも)の居場所を探すために、九十九の会社の創業期からいたメンバー、十和子に会います。十和子の次は同じく創業メンバーの百瀬、千住。妻の万佐子つまり、一男 → 十和子 → 百瀬 → 千住 → 万佐子 → 億男という言葉遊びが入ってます。
九十九との再会(3億円を持ち逃げされる前の話)
3億円が当たる一男
借金に追われ家族とも別々に暮らす一男。そんな一男は宝くじで3億円が当たります。これで肩代わりしたで弟の借金も返せることができ、もしかすると家族ともまた一緒に住めるかもしれません。
一男は大金を手にしますが、ネットで宝くじに当選して不幸になった人の話を読んでしまったことや、そもそも突然の大金ということもあり不安になり、どうしていいか分からなくなってしまいます。そこで大学の落語研究会で一緒だった九十九を思い出します。
人づてで、彼がベンチャー企業を立ち上げて成功していたことを知っていたので、お金の相談をするのであれば九十九だということで(大学時代の親友でもあり、学生時代から人とは違う考え方をしていたので)、15年ぶりに九十九と再会することにします。
九十九は大学卒業後に自身でベンチャー企業を立ち上げ成功させ、紆余曲折がありその会社を100億円で売却し、多額のお金を手にしました。
しかし、売りたくて売ったわけではなく、九十九以外の創業メンバーの意思により仕方なく売却、そして創業時のメンバーも解散してしまい仲間も失ってしまったため、大金を手にしているにも関わらず、ある種の虚無感に包まれているのが現在の九十九です。
「君は、お、お金が好きかい?」
一男は九十九に「じゃあ聞くけど。 君は一万円札の大きを知っているかい?」と聞かれます。当然、一男はそんなことには答えられません。九十九は以下のように言います。
お金持ちになるためにこんな知識や、サイコパス的なお金に対する執着が必要なのかは謎ですが「本当に興味があれば、お金のすべてを知ろうとするはずなんだ」という「お金」の部分を自分が本気で取り組んでいるもの、本気で取り組もうとしているものに置き換えると、結構いい言葉かなと思いました。
そして九十九のこの「つまるところ、君はお金が好きじゃないんだ」というサイコパスな問いは好きです。
「好きでないことをいくらやっても、その道で成功するのはむずかしい」 by 松下幸之助
いい言葉です。この前フリを読んでしまうと一男がお金の心理に到達する、ヨーダに出会ったルーク・スカイウォーカーのような期待を一男に抱いてしまいますが、この小説ではそうはなりません(笑)
ちなみにスターウォーズは「出立→イニシエーション→帰還」という英雄神話における王道に沿ったストーリー展開になっていると言われてます。詳しくは、こちらの本(千の顔をもつ英雄)にありますので、興味がある方は読んでみてください。
派手に飲み明かし、消える3億円
その後、一男は九十九に言われるがまま3億円をすべて現金化して再び九十九の前に現れます。九十九は有名歌手・モデル・歌舞伎役者・寿司職人・バーテンダーとあらゆる種類の派手な人間を一男の金で呼び、どんちゃん騒ぎをします。
そして一男は酔いつぶれ朝になり一人目覚めると、九十九も3億円も消えてなくなっています。ここから九十九を探す旅が始まります。
創業メンバー十和子に会いに行く
十和子とお金(と男)
十和子は母子家庭で母から「お金は汚いもの」と教えられ育ったため、お金が嫌いという設定です。そして容姿がよかったので高校時代からモテまくり、しかもお金持ちの男性と次々と付き合っていきます。
十和子はお金と男に執着し愛し、そして愛しすぎるからこそ、その両者を憎んでいました。この矛盾した感情を解決できるのは「お金持ちと結婚することだ」と思うようになり、金持ちと交際し結婚直前まで行きますが、最後の最後でうまくいきません。
そんな中、起業家パーティで九十九と出会い、九十九がスタートしたばかりの会社に入社。会社を成長させながら、九十九とデートを重ねる関係になります。
九十九は最初は他の金持ち達とは違い、お金でなんでも解決しようとせず、質素ながらも十和子のことを考え、丁寧に時を過ごしてくれます。
しかし、九十九もお金を手にするようになってから、徐々に他のお金持ちたちと同じように十和子に時間を使わなくなり、高価なプレゼントなどで済ませるようになります。
お金は人を平均化する
この「お金は人を平均化する」という言葉は、かなりのパワーワードで、この後の展開、この言葉をどのように調理していくのかドキドキしてしまいましたが、この素材(=言葉)も他の素材同様、特に使われることもなく小説は終わります。
ぶつかるのは正義vs.正義
九十九の会社が売却に至る過程を十和子目線で見た景色です。
この「それぞれの正義」というのが厄介で、たいていの争いは「正義と悪」が戦っているのではなく「正義と正義」の対決なので、中々簡単には収まりません。
九十九の会社の件で言えば、(そんな詳細は書いてませんが)議決権が九十九に集中してないという問題もあります。
人それぞれの考えは最初は同じように見えても、時間と共に変化していきます。特に多額のお金や企業との提携などの「圧の強いイベント」に遭遇すると、それまでは薄い皮で覆われていた素の欲望があらわになります。その欲望(=正義)同士がぶつかることになります。
そうなると、誰か一人の欲望で他を制圧する以外収まりがつきません。このため、スタートアップはできる限り長い期間、議決権(株)が社長に集中している必要があります。
いずれにせよ、この会社売却によって十和子は大金10億円を手にすることになります。10億円を手にすることで十和子の脳内に変化が起き「九十九を愛していたのか、お金を愛していたのか」わからなくなり、九十九と別れてしまいます。
九十九とは別れ、市役所の公務員と結婚する十和子
九十九と別れた十和子は、 何から何まで至って平凡だけれども「お金を愛しも憎みもしていない」という夫の才能を見抜き、結婚します。
結婚して質素なアパートで生活する十和子ですが、会社売却時に得た10億円と亡き母が残した隠した(別れた父から振り込まれ続けた)財産2億円を、押入れの板の奥に隠してあり、夫がいなくなると毎日をそれを触り心を沈めてます。
夫には内緒で毎日お札に触れている十和子ですが、実は夫はそのことに気付いていますが、気づいていることを十和子に言うと全てが崩れてしまいかねないので、気づかないフリをして黙っています。
十和子は結局、九十九の居場所は知らないので百瀬に会いにいきます。
※会社売却時の税金約2億円と相続時の税金約5,000万円はどうしたんだ?手元になぜ12億円がそのままあるんだ?という疑問は湧きましたが、そういう細かい話は無しで話は進んで行きます
ギャンブラー百瀬に会いに行く
ミダス王の黄金の手を持つ百瀬
次は創業メンバーの一人、百瀬に会いに行きます。百瀬は数字のセンスがあります。彼は会社を売却した時の大金を手にした後、急激にやる気がなくなってしまいギャンブルをして過ごします。そして、あぶく銭を全部使い果たすつもりで競馬を始めますが、競馬でもその数字の才能を発揮してしまい、逆にどんどんお金が増えて行ってしまいます。
そんな百瀬に一男は100万円を貸してもらい、一緒に競馬をすることになります。百瀬のアドバイスもあり、100万円は一瞬にして1億円になります。
百瀬に踊らされる一男
一男は1億円ものお金を手に入れたので、もうここで降りたいと考えます。しかし、百瀬は次のレースは自分の馬が出る、そして鉄板レース(勝ちが堅い)。百瀬の馬に賭ければ3倍、3億円になり全てが取り戻せると言います。
一男は百瀬の言葉に乗り全額を賭けますが、百瀬の馬はゴール間近で落馬して負けてしまいます。落胆する一男に百瀬は言います。
百瀬は「お金も幸せも実体のない概念である」ということを一男に教えたかったようです。
DIE WITH ZEROという本では「なんとなく必要以上の金を貯め込む」ことで、結局使い切らずに死んだり、若くて体力のある時にお金を使わず、(医療費などを除くと)お金を使うエネルギーがなくなってからお金を使いだすリスクについて扱っています。
これも似たような側面があり、その所有者(老人)は、貯め込んだ使わないで終わるお金の価値を、本当に引き出せているのでしょうか?
百瀬も九十九の居場所は知らず、最後千住に会いにいきます。
新興宗教の教祖、千住に会いに行く
千住はミリオネア・ニューワールドという新興宗教の教祖です。千住は会社売却で得た大金を守る、税金として持っていかれないようにするために新興宗教を立ち上げます。
元々節税で立ち上げた宗教ですが、千住は宗教との相性がよく才能があったため、信者が増えていき宗教の面白さに取り憑かれて行きます。
九十九が自身の会社を売却することになってしまったのは、実は千住が裏切ったからです。九十九の会社を買収したかった通信会社は一ヶ月の期限を切り、その間に決断するように迫ります。そして誰かが先に売ることを決断したら、他の人の取り分が1/10になるという囚人のジレンマみたいな作戦を取ってきます(実際、株式でこんなことができるのかは不明)。
九十九は期限の一週間前に突然姿を消し音信不通になり帰ってきません。そのことにより千住の不安は急激に膨らみ、売却するかどうか決める役員会議の前日に、千住は売却に同意するサインをしてしまいます。そのことで連鎖的に、百瀬も売却同意にサインしてします。
九十九は役員会議の日に帰ってきます。仲間が自分を最後まで信じてくれるか試すために消えたのでした。そして自分がいない間に仲間は自分を裏切り売却することを決めてしまっていました。
千住も、もちろん九十九の居場所は知りませんが、「あなたは答えに近づいている!」的な謎なことを言って、千住の章は終わります。
万佐子の謎掛け
一男の妻の万佐子は「あなたがお金によって奪われた大切なもの。それは ”欲” よ」という名言を吐きます。しかし、その後に言葉は深く回収されることもないため、私の中ではかなり消化不良な章でした。
生きるというのは元々は「生き残る」ことや「生き延びる」ことだったので、そこから離れて概念的なことを目指せば目指すほど、実体や実感からも離れていくためよく分からなくなり、深く悩んでしまう気がします。
億男で登場する人々(特に九十九と百瀬)は若くして大金を得てしまったが故に、生きるという根本における下世話な苦労や悩みが消えてしまい、そのことで逆に生きる実感が喪失し無気力になり、ぼんやりとした不安に包まれたまま生きているように見えます。
九十九、現る
落語の芝浜が土台
お約束どおり九十九が現れます。当然3億円も返してくれます。億男という小説の内容は落語の芝浜が土台になっています。
この落語の芝浜にあるように、消えたお金は戻ってこないまま一男が3年間がむしゃらに修行し、一男なりの真理に到達したところで九十九が帰ってくるというストーリーだったら、かなり面白かったと思います。
芝浜はApple Musicでも聞くことができます。
【龍成メモ】
お金は人を平均化するのか?
お金が人を平均化するかどうかは分かりませんが、非常にまとまった大きなお金は、人から何かを奪い去る気はします。
一男は3億円に値する男だったのか?
一男は運良く宝くじに当たることで3億円を手にします。たまたま当たっただけの宝くじなので、それが急になくなったところで読者としては「え、一男かわいそう」と思うほどに共感ができません(私は、ほぼ何も感じませんでした)。
その後、スターウォーズや「千の顔をもつ英雄」にあるような神話の原型を土台に、一男が洗礼を受けて逆境を乗り越えて成長するというストーリーがあれば、一男が再び3億円を手にした時の喜びを読者がもっと共感できたのかもしれません。
そして、もはや成長した一男に3億円など必要なく、お金を越えた実体を手にしているはずで、そんな一男から出る言葉も聞いてみたいです。
しかし、この小説は違います。言ってしまえば、一男は九十九の昔の友人にインタビューして歩いただけです。ただただ順番に話を聞いて周ってただけです。
そして、インタビューして帰ってきただけの一男。たぶん数ミリぐらいしか成長してない一男の前に九十九が現れ、3億円をポンと置いて返してしまいました。なんぞ。
序盤で九十九から出る「つまるところ、君はお金が好きじゃないんだ」というこの言葉。この言葉の先を私はもっと知りたいです。
君はお金が好きかい?
お金が好きすぎてそれが高じてお金持ちになるパターンはあると思います。ただ、どちらかと言えば株取引や不動産など、比較的お金自体の仕組みが金儲けに直結するパターンかもしれません。
九十九のような起業家として成功するタイプはむしろ、自分のやってることが好きで熱中してのめり込みすぎて成功するタイプも多いです。もちろん、その熱中する対象が「儲かる領域」にいることは重要ですが。
そして世の中には本人はお金のことがそれほど好きではないのに「お金に愛される人」というのも存在します。羨ましい限りです。
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