旧ソ連で死刑宣告を受けた、ニコライ・ヴァヴィロフが遺した遺伝学
貧しい農村で育ち、生涯を農業の発展のために生きた、ニコライ・ヴァヴィロフ
食べるのにも苦労する貧しい農村で育ち「幼い頃から、故郷ロシアと世界の飢饉を終わらせる」ことに執着した、遺伝学者ニコライ・ヴァヴィロフ(1887年~1943年)。
彼は食糧の安定確保のためにも、多様な遺伝資源を確保することが重要であると考えます。世界各地への大規模な農学・植物学調査旅行を行い、遺伝的多様性が高い地域(=遺伝子の中心)がその作物の発祥地であると考え、栽培植物の起原についての理論を発展させます。さらに当時では世界最大の植物種子コレクションを創設。研究の結果は、著作『栽培植物発祥地の研究』にまとめられています。※Wikipediaより
疑似科学者ルイセンコに敵視され、投獄されるヴァヴィロフ
しかし、ヴァヴィロフは反遺伝学キャンペーン(ルイセンコ論争)を行うトロフィム・ルイセンコと対立してしまい、ルイセンコから敵視されます。
ルイセンコは生物は経験によって獲得した形質を何らかの形で子孫にその形質を継承できると考えます。この後天的に獲得した性質が遺伝するという学説は「努力すれば必ず報われる」という共産主義国家には都合のよい学説だったためスターリンもこれを強く支持。
この学説に反対するヴァヴィロフは、スターリン政権下で死刑宣告後に投獄。獄中の酷い環境が原因で1943年に亡くなってしまいます。
農業を発展させるためのヴァヴィロフの種子コレクション
そんな悲運のヴァヴィロフですが、Nature Reviews Geneticsを読んでいたら、"Vavilov’s law and phenotypes across species" という記事がありました。この記事の内容に私が調べたことを追加しながら紹介します。
ヴァヴィロフは「生物における進化の過程を理解する上で最も重要な要素の一つは、現在と過去における種や品種の地理的分布である」と認識するようになります。当時の「世界最大の植物種子コレクション」もそのような考えのもとに作られることになります。
また「遺伝的多様性が最も大きい地理的地域は、原産地である」ともヴァヴィロフは考えます。それぞれの遺伝的中心地には、食用作物の起源だけでなく、まだ栽培されてはいないけれども既にある農作物に近縁の植物種や、遺伝子の構成がはるかに遠い他の種など、多様性の源泉が存在していることになります。
農業では使わない非栽培種から採取された多様性を利用することで、農業で使う作物も改良できると、ヴァヴィロフは考えます。生物多様性の基盤があれば、野生種や近縁種に注目することで、病気や害虫からの防除、厳しい栽培条件への耐性の育成にも対応できることをヴァヴィロフは見出します。
種を越えた遺伝的基盤
「苦味の消失、甘味の増強、果実色の多型」など、異なる文化圏で進化した農作物が、並列淘汰によって似た形質を獲得した事例がいくつか存在します。
これがヴァヴィロフが遺伝法則で提唱した「家畜化された種間の形質における並行/収斂進化」になります。
例えば、モチ米のネバネバしたもち性はアミロースがほとんどないことによって起こります。このアミロースを欠損させる変異がwx遺伝子によって起こり、これはイネ・大麦・トウモロコシで共通しています。
ヴァヴィロフの法則は、種1には表現型AとBの品種があり、種2には表現型Aの品種しかない場合、後者の種2にも未知の表現型Bという品種が存在するはずだと言っています。
例えば「イネ・大麦・トウモロコシ」にもち性が存在するが、小麦には存在しない場合、(近縁種であるため)小麦も同様の遺伝子基盤を有している可能性が高く、イネや大麦と同様にwx遺伝子の変異によってモチ性を獲得できる可能性(もしくはどこかに存在はするが利用されていない)がある、ということです。※小麦に関しては既に試みがなされています
【龍成メモ】
悲運の死をとげたヴァヴィロフですが、死後80年近くが経つ間に遺伝学が急速に発展しているため、近年改めてヴァヴィロフが提唱した理論に注目が集まっているようです。
【参考論文・文献】
Cohen JI, Loskutov IG. Exploring the nature of science through courage and purpose: a case study of Nikolai Vavilov and plant biodiversity. Springerplus. 2016;5(1):1159. Published 2016 Jul 22. doi:10.1186/s40064-016-2795-z
Purugganan, M., Fuller, D. The nature of selection during plant domestication. Nature 457, 843–848 (2009). https://doi.org/10.1038/nature07895
Purugganan, Michael D. "Evolutionary Insights into the Nature of Plant Domestication." Current Biology 29.14 (2019): R705-R714.
Purugganan, M.D. Vavilov’s law and phenotypes across species. Nat Rev Genet (2022). https://doi.org/10.1038/s41576-022-00464-x
栽培植物発祥地の研究 (1980年) - – 古書, 1980/2/1 N.I.ヴァヴィロフ (著), 中村 英司 (翻訳) https://amzn.to/3tdhEFw
写真はWikipediaより
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