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都市伝説「ブロッコリーを傘にする女」#同じテーマで小説を書こう

「俺は金沢駅近くで深夜に出没する『ブロッコリーを傘にする女』と会うため――」

 あぁ駄目だ……と俺は後頭部を掻きながら、惹かれる要素が何ひとつない冒頭の一文を削除する。そもそもテーマをそのまま文章に書き起こす小説ほど、つまらないものはない。とはいえ、『ブロッコリーを傘にする女』という言葉を使わずに、一篇の小説を書くことなど今の俺に出来るだろうか? いやできない。諦めよう。

 事の始まりは三日前に掛かってきた一本の電話。聞き馴染みのあるその声の主は、知人の雑誌編集者の佐藤さんだった。真実がひとかけらもない嘘をでっちあげることで有名な悪評高いオカルト雑誌の、もっとも信頼の置けない編集者からの電話にげんなりした気分を覚えながら、用件を聞くと、彼は『ブロッコリーを傘にする女』という都市伝説を題材にした短編小説を描いて欲しい、と俺に告げた。

 内心の溜息を隠しつつ、遠回しに断ろうと思ったが、強引に押し切られてしまった。過去に仕事上での貸し借りがある関係というのは、根深いものがある。

 俺の肩書きは都市伝説ライターなのだが、同時に小説の著作もいくつかあったため、小説のほうで仕事依頼が来ることもないわけではなかった。都市伝説ライターとしても小説家としても、本来は嬉しいタイプの依頼のはずなのだが、どうしても喜べないのは、この依頼が何もないゼロの状態から作り上げた嘘と分かっている都市伝説に沿った小説を描けというものだったからだ。

 大体何だよ……深夜の金沢駅付近に出没する『ブロッコリーを傘にする女』って。ただ傘が緑だっただけだろ。金沢駅なんて行ったこともないから、ガイドブック風の話にもしにくいし……。ライターとしての良心も咎めるし……。あぁ早くあのひとと縁を切りたい……。

 パソコンから目を離し、なんとなく窓のある右手のほうに目をやる。自室の窓越しに庭があり、独特な形をした一本の木が見える。ふと、結婚してこの新居に越して来てからまだ間もない頃に妻から言われた言葉を思い出す。
「ねぇあの木、幹を緑にしたら、ブロッコリーみたいじゃない?」

「ブロッコリー、傘、女……」
 食卓でも、ぶつぶつ呟いている俺に、妻が『ご飯が不味くなる』と言わんばかりの険しい表情を向けて、「どうしたの?」と聞いた。

「あ、ああいや。佐藤さんから小説の依頼が来たんだけど……」
「佐藤さん……」俺の言葉に妻の表情がさらに険しくなる。「ねえ。まだあのひとと付き合いがあるの?」

「仕方ないだろ。昔、お世話になったんだから」
「もう昔の話でしょ」

「悪い人ではないんだよ……」問題のある人物とは分かっていても、こういうことを言われると、つい庇ってしまう。

 さらに険悪になりそうだったので、俺は慌てて話の方向をずらした。
「それが今回のお題……というか扱う都市伝説が、ちょっと変わってて」
「あのひとの出す都市伝説なんていつも変わってるでしょ。どうせ嘘なんだから。前はあれでしょ。『踊り狂うパスタ』だっけ? あれで冗談じゃなくて本気で雑誌に掲載するって言うんだから、頭いかれてんじゃないの」

「ま、まぁまぁ。で、でさ、なんだと思う?」
「何、『茹で上がらないストリッパー』とか?」

「パスタと踊りに引っ張られ過ぎだよ……。今回は、『ブロッコリーを傘にする女』なんだけ――」
「ねえ、それどういう意味?」

 妻の言葉に先ほどまでの怒りとは別種の、冷えたものが感じられた。

「どういう意味、って?」
「私への当てつけ? 嫌味?」

「どういうこと?」
 不穏なものを感じつつも、おそるおそる尋ねると、妻はばんと机を手のひらで叩き――、その後、自分の怒りを抑えようとするためか、ひとつ大きな息を吐いた。

「あの、さ。いつ言うか悩んでたけど、もう我慢できない。……不倫、してるでしょ」
「してない」
 と俺は即座に答えた。だって本当にしてないんだから。

「嘘」
「なんで、そう思うんだよ?」

「私、見たの。あなたがそこの庭で女と抱き合ってるところ」
「そんなことするわけ――」
 ばん、とまた妻がさっきよりも強く机を叩いた。

「三日前よ! もしかして私出掛けてると思ってた? 私、あの日は二階にいたの。二階の窓から。間違いなく見たわ。あのブロッコリーみたいな木を相合傘みたいにして、二人で」

 確かに三日前、佐藤さんとの電話の後に気が滅入って、すこし庭で気晴らししてたけど、俺はずっと一人だった。

「なぁ、なんかの間違いじゃ――」
「絶対、証拠掴んでやるから。絶対に許さない!」
 彼女はすこし情緒不安定なところはあるが、今回は特に激しい。俺に疚しいところは何ひとつないのだから、時間が解決するだろうけれど、思わず溜息が出た。

 外は小雨だったが、庭に出ると、俺はその件のブロッコリー頭の木へと向かった。

「何か、知ってる?」
 と聞いてももちろん答えてくれるわけはなく、ただ葉がかさかさと風に揺られるだけだった。

 二階に目を向けると、寝室の窓から俺を見る彼女の姿があった。
 彼女の口元がすこし動いた気がした。

 その夜、険悪な雰囲気の時は寝る場所を別々にしているので、俺は自室で眠ることにしたのだが、どうも寝付けない。

 深夜、ガンガンと庭先から何かを叩くような音が聞こえた。カーテンを開けて、その音の方向へと目を向けると、

 そこには、
 妻がいて、大きなスコップでブロッコリー頭の木の幹を何度も殴っていた。

 何度も、何度も。

 その憎しみに満ちた眼差しは、まるでひとに向けているかのように俺には見えた。

 そして妻には、その木こそが『ブロッコリーを傘にする女』、つまり俺の不倫相手に見えたのだろう。

 とりあえず妻が心配になった俺は――――。

 そこまで書いて、俺はキーボードを打つ手を止めた。
 さすがにこれは妻には絶対に見せられないなぁ……。まぁそもそも妻があの雑誌を読むとは思えないが。それに『深夜の金沢駅付近』はどこに行ったの、って話だし……。まぁでも、また一から書き直すのも億劫だし、もう佐藤さんにはこれの完成品を送ろうかな。あのひとのことだ。どうせ「載せられりゃー、なんでもいい」とか言いそうだ。小説に合わせて、そもそも金沢駅という情報さえ無かったことにするかもしれない。

 佐藤さんの実名を出したって文句ひとつ言わないだろう。過去に何度も登場させている。懐が広いのか、鈍感なのか……。それとも異常に自己顕示欲が高いのか。あのひとは、いまいち、よく分からない。

 妻には心の中でしか詫びないつもりだが、詫び代わりに、一緒に金沢にでも行こうかな。たまには旅行もいいだろう。そしたら駅付近で緑の傘を差した女を妻が不倫相手と勘違いして殴ったり……ははっ。

 そんなくだらない妄想に浸りながら、庭先のブロッコリー頭の木に目を向けると、自分の書いた小説さながら葉がかさかさと揺れた。その姿が女性のほほ笑みのようで、思わずどきりとしてしまった。

                           (了)


 一日遅れですが、杉本しほさんの企画、

「#同じテーマで小説を書こう」に参加させていただきました(遅れての参加もOKということだったので)。実は18日当日に企画のことを知り、焦りとともに頭を悩ませて、「他の人どんなの書いてんだろう……?」と邪な気持ちが胸を掠めながらも、他の人のアイデアに引っ張られるわけにも……ということで、「作中作」とかのアイデア被りしてないといいなぁ(してたらしてたで、それは読みたいのですが 笑)と祈りつつ、閉めたいと思います。

 杉本しほさん、素敵な企画をありがとうございます~。