積読狂騒曲
大学時代からの先輩に、いわゆる『ビブリオマニア』と呼べる男がいる。本を集めるのは好きだが、ほとんど本は読まない。ただ集めることを目的に本を集め、自分以外が付けた本の傷みは絶対に許さない。自宅にある本の冊数をカウントしていて、定期的にその数が間違っていないか再確認するために、私のような古くからの知り合いに、ほぼボランティアで、本を数える作業を手伝わせる。彼の知らないところで、私たちはその作業日を、『地獄の一日』と呼んでいる。断ると恨んで復讐してきて、以前、ひとり殺されかけたことがあるので、断れないのだ。
彼は働いていない。大学卒業後、一瞬だけ出版社に勤めていたが、すぐに辞め、以降、すくなくとも私の知る限り、アルバイトさえ一度もしていないはずだ。にも関わらず、どうしてこれだけの本を買うことができるか、というと、親が大富豪だったからだ。そして彼が仕事を辞めた直後、彼の両親は何者かによって殺され、一人っ子だった彼は、莫大な遺産を手にした。
仕事もせず、ただ本を買い集める日々を送る彼が、本を買う以外でしていることは、ただひとつ。ブログだった。買い集めた本を紹介するブログだ。一度覗いたことがあるが、読みもしないから内容もないスカスカな文章が並んでいる。
私は今、彼の家にいる。遊びに来ないか、と誘われて。
「たまに聞こえるんだ。積読の呪詛が。『なんで読まない』ってな。いつか本に喰われてしまうかもしれないな」
以前、彼は私にそう言ったことがあって、私はその言葉を思い出していた。今の状況を見ながら。大量の本が倒れた彼だったものを取り囲んでいた。いや原型を留めていないので、本当に彼かどうかは分からない。ただこの場所にいる人間なんて彼くらいしか。本の群れが、彼の死肉を貪り喰っている。いつか彼の言っていた冗談が、現実のものとなっている。
夢であってくれと願った時、
本の群れが一斉にこっちを向いた。
【続く】