[掌編小説]アンナの恋人
〈前書き〉
↑歌舞伎町を舞台に霊能者のコンビを描いた、とても面白い作品です!
続編あるいは二次創作の募集をしていましたので、続編は無理にしても掌編の二次創作なら何とか書けないかな、ということで、思い切って書いてみました。とはいえ文体模写ができるわけでもなく、だいぶオリジナルの作品とは色合いが違う感じになってしまったかもしれませんが、もし良かったら本編を読んだ後のついでくらいの気持ちで読んでいただけたら、幸いです。
いつもコンビの二人組。昔からそんなコンビの片方だけが活躍する話って、好きなんです……。
「アンナの恋人」
「ねーねー、知ってる?」
「何、急に……」
「アンナって、幽霊、信じる?」
「幽霊……あぁ、うん。まぁ、いるかもね」
「へぇ、じゃあそういう話、好きなんだ」
「いや、別に――」
「隠さなくてもいーじゃん。好きなんでしょ! この歌舞伎町にもいっぱい蠢いてるらしいよー。アンナも幽霊に会ったら、“クズ星兄弟”を呼びなよー」
「何、そのクズなんたらって……」
「チンピラみたいな二人組なんだけどね。霊能者の“何でも屋”なんだってー。アンナも幽霊に困ったら、あのふたりを呼びなよー」
「連絡先、知らないし」
あたしは、アンナ。ここではそう呼ばれているし、本当の名前はもう忘れてしまった。
郷里の広島でどん底のような人生を味わっていたあたしは、逃げるように歌舞伎町にたどり着き、底のさらに底に堕ちた。
これ以上、底なんてないと思っていたが、どこまでも闇は深い。
「今の状況は?」
咥えタバコを外して、男が不愛想に言う。客だったらイヤだなと思うタイプだが、プライベートならこのくらいがいい。まぁ客でもなければ、私生活のパートナーでさえない。今回、客はあたしのほうだ。
短髪にグラサン、無精ひげに黒革のコート姿の男は、葛生と名乗った。
“クズ星兄弟”。この町にそんな霊能者のコンビがいることは聞いていたが、あたしには関係のない話だと思っていた。あたしにとっては幽霊なんかより、現実のほうがずっと怖い存在だった。
しかしその片割れが今、目の前にいる。
「人の姿、してなかった。化け物みたいだった。なんなの、あれ!」
「雑虗だ」と言ったが、その雑虗について葛生はなにも説明してくれなかった。
「あんたの男だったのか?」
「違う」
あたしには殺された恋人がいる。彼は、愛憎色欲渦巻くこの不夜城であたしが生きていく上で最後の支えだった。三流のソープ嬢のあたしをいつも指名する変わり者だった彼の繊細な姿は、荒事に事欠かないこの町ではひどく目立たない路傍の石のような存在でしかなかった。しかしあたしにはひどく気になる相手で、彼も同じように思っているようだった。死んだ今もあたしは彼を愛している。たとえあたしへの愛が嘘だったとしても……。
小説家を目指している。いつも彼はそう言っていた。あたしよりもすこし若い、傷つきやすく繊細な青年だった。あの姿が真実だったかどうか、今のあたしには知るすべがない。ただあたし以外の人が見れば、みんな口を揃えて、こう言うだろう。『あんたは騙されてたんだ』と。
彼が麻薬の売人をしていたことを知ったのは、殺された後のことだ。顧客とトラブルになって殺されたと知り、あたしは最初、別人の話だと心の底から信じていた。すぐに真実だと分かり……しかし悲嘆に暮れる間もなかった。
『死ねや。この野郎!』
ひとり暮らしのあたしの部屋に、明らかにヤバい奴だと分かる謎の男が押しかけてきた。そいつは独り言をぼそぼそとつぶやきながら、あたしに襲いかかってきた。つぶやきから察するに、彼を殺したのは、この男のようだった。部屋を出て逃げるあたしを追う男の足取りはふらついていて、階段で足がもつれた男は転倒し、あっけなく死んでしまった。
その後、あたしの部屋に突然、ヘドロ状の化け物が現れ、必死に逃げたあたしは、霊能者である“クズ星兄弟”のうわさを思い出して、彼らを頼ることにした。
あたしが、堰を切ったように葛生に事情を話すと、彼は表情も変えず、
「まぁ実際に、会ってみる」と言った。
「お願いします」
そう言って部屋のドアノブに手を掛けた葛生だったが、引かずにそのまますこし静止して、突然、
「その恋人の名前、教えてくれないか?」
と言った。
あたしが名前を告げると、彼はちいさくうなずき、ドアを開けた。
それからのあたしは待つことしかできなかったが、数分後、部屋の中から爆発音かと思うようなあまりに大きな怒鳴り声が聞こえてきたので、慌ててドアを開けて中の様子を見ると、
そこには化け物の心臓を貫く、葛生の右腕があった。その腕の先には、銀色のメリケンサックが――。
「ありがとうございます」
と頭を下げると、彼は一言「いや」と言ってから、あたしに、
「殺された知り合いが俺にもいるんだが……」
「えっ」
「ずっと小説家を目指している男だったんだが、ヤクの売人になっちまってな」
「それって」
彼は、あたしの反応を無視する。
「好きな女のために足を洗いたいって言ってたな。結局願いは叶わなかったが、俺には本気に見えたがな」
ほおをつたう涙を隠すように、あたしはもう一度、深く頭を下げた。
『兄貴!』着信音に気付きスマホを耳に当てると、セイの怒ったような声が耳に響いた。『勝手にひとりで行くなんて、ひどいぜ!』
「おっパブでお楽しみ中だったんだろ。不貞腐れたくもないからな」
『いや、だけどよぉ。そうだけどよぉ。何も言われないのも嫌じゃねーか』
「分かった分かった。今度からはそうする。とりあえずお前はもうちょっと遊んで来い」
と通話を切る。
タバコの煙を吐き出し、歩き出そうとする俺をまた引き留めるように、スマホの着信音が鳴った。またセイか、と思ってうんざりした気分のまま着信画面を見ると、
ボスからだった。
(了)