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僕が見た怪物たち1997-2018「死にゆく者の祈り、2002」③

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「死ぬ、というのは、穏やかな話じゃないね」

 掛けていたサングラスを外して私を見る先生の眉間には、かすかにしわが寄っている。

 机の上に置かれた写真の先には長崎のハウステンボスの風景があり、私たち四人の姿があった。ハウステンボスを旅行先に選んだのは確か早苗だと言っていたはずだ。早苗が以前に付き合っていた男性と長崎のハウステンボスに行く約束したまま、結局それが叶わなかったので、その嫌な名残りを払拭するために長崎を選んだんじゃないか、と恵美が私とふたりの時に、からかうような口調で言っていた。

「先生はあの時の私たちを見て、どう思いましたか?」

「答えてあげたい気持ちはあるけど、正直なところ覚えていないのよね。短い時間の話だったし」

「まぁ、そうですよね。よく周りから私たちは、仲良しグループと言われていました。ただ本当はそんなに仲も良くなかった……。だからあの日、私たちは先生と別れた後、その夜だったかな、旅行先のホテルで大喧嘩になったんです。きっかけはなんだったか、私自身、しっかりと覚えているわけじゃないんですけど……。私、実は最初から乗り気じゃなくて、なんか不吉な予感も抱いてました。その予感って、たぶん当たってたんです。私はあの旅行を終えてから、三人とはほとんど会っていません。恵美と一度会っただけで、でもその時は喧嘩のことなんて話せる状況じゃなくて。謝りたい気持ちはあるんです」

「んっ……? 人生相談だったの? 謝りたい気持ちがあるなら、謝るのが一番だと思うかな、私は。それとあなたの死にどんな関係があるの?」

「いえ、そうじゃないんです。もう会いたくても、誰とも会えないんです。だって三人とも死んでしまったんですから」

「死んだ、と?」

 私は事前に用意していた新聞記事と週刊誌の切り抜きを取り出すと、机の上にそれを並べる。その途中に、先ほどのコウと名乗った助手の青年が戻ってきて、私と先生の前に水色の液体の入ったグラスを置く。口に含むと、それは味から判断する限り紅茶のようだった。ただ私は紅茶の類に詳しいわけでもないので、種類や名前はさっぱり分からない。ただなんとなく高級なものなんだろうな、というのは想像がつく。

「美味しい?」

「は、はい。紅茶に詳しいわけじゃないですけど、これ、かなり高級な感じが」

 申し訳なさを含めて私が言うと、先生が首を横に振る。

「大丈夫、気にしなくていいのよ。私はお金に困っていないから」と先生がひとによっては憤慨しそうなことを何気ない口調で言った。「紅茶はリラックスにちょうどいいからね。そういうものに、ちょっとしたお金を惜しんではいけないのよ。それで話を戻すけど、この新聞とかの切り抜きは?」

「私が集めたものです。例えばこれを見てください――」

「あっ、ちょっと待って、いつも最初に聞くことを忘れていた……。あなたの家族構成を聞いてもいいかしら」

「家族構成……ですか?」

「いえ、ね。心霊相談にしても人生相談にしても、やっぱり家族って、切り離せないものだから。それが良いものか悪いものか、そのどちらにしても、ね」

「そう……、なんですね。いまはひとり暮らしですけど、実家には父と母、あと双子の姉がいます」

「双子の、ね。あぁごめんね。じゃあ話を戻そう。じゃあ今度こそ切り抜きについて教えてもらってもいい?」

 その切り抜きは週刊誌の一部だ。和歌山のローカルタレントが絞殺された、という文章が載っている。被害者の名前は清水咲……もちろん彼女は同じグループにいた咲のことだ。彼女は高校時代から地元でタレント活動をしていて、週刊誌の文章には、地元では有名な、と誇張された表現が使われているが、咲は別に有名でもなんでもなかったし、高校の頃も仕事が多忙で学校に来られなくなるなんてことはなく皆勤賞だった記憶がある。

 長崎に行った時、ちょうどそのタレント活動の話が出て、ようやく彼女がタレントだったことを思い出したくらいだった。

 ただ本人は自分が他のひとよりも秀でた、選ばれた人間だ、と強く意識しているようなところがあり、言葉遣いは丁寧で、はっきりとそう口にするわけではないものの、周囲をどこか見下している雰囲気を外に放っていた。

 自宅へ帰る途中、夜闇の中で突然襲われた咲は首を絞められて殺されてしまった。あの旅行から三か月後のことで、犯人はいまだに捕まっていない。その週刊誌に書いてある情報によると、彼女には恋人だった地元テレビ局のアナウンサーがいて、別れ話がもつれた上での出来事だったのではないか、と警察に疑われていたらしい。とはいえ証拠がなく、逮捕されることはなかったみたいだ。

「ふむ……じゃあ、残りのふたつの記事も、そういうことよね」

 私は頷く。

 次に私は新聞記事の切り抜きを指差す。〈篠塚市女性刺殺事件〉と書かれたその事件の被害女性の名前は大倉早苗となっている。篠塚市は和歌山県の地名で、そこには私たちの通っていた高校がある。

「早苗は仕事が終わって帰宅の途中に背中を刺されたそうです」

「この記事には、捜索中、ってなっているけれど、そのあと犯人が捕まったり……はしてないのよね」

 聞くまでもないか……という表情で先生が頷いている。

「咲の次が、早苗でした。だから不安になったのもあって、早苗とその頃にもまだ付き合いのあった学生時代の知り合いを頼って、私、事件のことを聞き回ったんです。あくまで噂の域は出ませんけど、疑われていたのは早苗のストーカーをしていた男だったみたいです」

 私はすこし嘘をついた。

 実際に私がその早苗の知り合いたちから聞いた話によると、ストーカー、というか、相手にしつこく付き纏っていたのは早苗のほうだったらしい。そのトラブルの果てに、反対に彼女が刺された、というのが、早苗の周囲が想像する事の顛末だったみたいだが、話の中にでてくる早苗の評判があまりに悪すぎて、真に受け過ぎないほうがいいと思っていた。嘘のように思える話で、わざわざ彼女の名誉を貶める必要はないだろうし、それに私の知る生前の早苗はいつも男性関係が派手で、恨まれる姿のほうが想像が付きやすかった。

「ふぅん。でも、まぁ……その男は犯人ではなかった、と」

「アリバイがあったそうですよ。通り魔だったのかもしれませんね」

「切り抜きはこれで終わりだけど……」

「最後はこんなに大きく報じられる死ではありませんでしたから」

「教えて」

 早苗の死について聞き回っていた時、最後に会いに行ったのは恵美だった。私も不安は大きかったが、恵美の怯えはそれ以上だった。私の顔を見た瞬間、死ぬのが怖い、と泣き出して、疑心暗鬼になっているのか私からつねに距離を取ろうとしていたのを覚えている。

 こんな短い間に同じグループにいた人間が、ふたりも死んでいるのだから、それは当然の反応に思えたが、私は恵美のそんな姿を見ながら、変な感情になってしまった。学生の頃、恵美はいつもノストラダムスの大予言でみんな死ぬんだから人生なんてどうでもいいじゃないみたいなことを言っていて、その世紀末を過ぎても生きていたんだから、なんで生にしがみつこうとしているんだろう、と不思議な気持ちを抱いてしまったのだ。

 そんな恵美も、そのあとすぐに死んでしまった。

「転落死だったそうです。不審死、と言ったらいいんでしょうか。これだけはまだ自殺なのか殺人なのかも分かっていません。でもふたりが亡くなったあとに恵美と会っているんですが、あんなに死に怯えていた恵美が自ら死を選ぶでしょうか?」

「私はその恵美ちゃんの怯える姿を見ていないから、なんとも言えないけれどね」

 そして最後に残ったのが、私だ。

 半年くらいしか経っていないはずだ。あの旅行からその短い期間に、私たち四人グループの内、三人がいなくなってしまうなんて……。

「助けてください」

「誰を、助ければいいのかしら?」

 先生の声音は静かだった。

「何を言って……だって私たち四人の内の三人が死んでしまっているんですよ。どう考えたって、次は私、としか……」

「何を言ってるの?」

「何、って……」

 私は先生の言葉に怖くなって目を逸らすと、その視線の先には助手の少年がいる。その瞳の奥に私を哀れむような色がある。

 やめろ……、そんな目で私を見るな……。

「四人とも、もう死んでいるんだから。救われるべき人間は、その写真の中にはいないのよ。まだ思い出せないの?」

「やめて……」

「三人が死んで、現世にしがみつく理由がまだあなたにある? 本当に姉を大切に想うなら、早くお姉さんの中から出て行きなさい。自由にしてあげなさい。救えるのは、あなただけよ」

「死にゆく者の祈り、2002」④