飲み屋と僕と、帰る家
「へえ、それで満足した顔してるのか。」
「そう、やっぱり思い出のある土地で飲む酒は素晴らしかったよ。」
「そんなことをしててよかったのか?」
「よく分からないな。それは、どういうこと?」
「また目立つ機会をいくつも失ったぞ。Twitterやnoteをみて分からないとは。」
「分かるよ。」
「それなら、なぜ焦らないんだ?お前が好きなあいつも、嫌いなあいつもまた注目されて、すごいって言われてるぜ。」
「だよね。」
「なんで焦らない?そんなもんだったのか。」
「言われると苦しくなるよ。苦笑いしか出てこないな。」
「ほら、そう感じるなら書けよ。すぐ大したやつが思いつかないならナンセンスでも、勢いのやつでもいい。書けよ。酒ももってこい。飲むぞ。」
「そういうことをする以外にやりたいことがあったらどうするの?考えたことない?」
「書いて、飲んで、目立って、誰かとつながって、それで何とかかんとかやってきたじゃないか。それ以外ってなんだ?そんなことやってたら置いていかれるぞ。」
「誰に?」
「みんなにだよ。分かんねえのかよ。」
「だから、そういうふうに言われちゃうと、苦笑いしか出てこないんだけど。」
「諦めるんだな。明日にはもっともっと悔しくなるぞ。目に入る文章がすべて呪いに変わっていくんだ。お前は能力や人望がある奴らとの差に敏感だからな。今日何かつかめなきゃ、また明日辛くなるんだ。」
「仙台はさ、楽しくなかったのかい?」
「書くネタは多かったよな。」
「それだけ?」
「? その他になんかあんのかよ。いつも何書こうかって遠出の度に目を光らせてたじゃないか。」
「何が一番楽しかった?」
「鹽竈神社とか、飲み屋とかネタになることは沢山あるじゃないか。一番とかじゃなく、上手に使えよ、全部だ。一週間はネタに困らないぞ。」
「そうか。」
「俺はもう飲むからな。あとは適当に書いとけ。とりあえず『大切なことに気が付きました』って書いて、これから一週間の予告でもしとけよ。ほら、土産の酒も買ってきたじゃないか。それを飲めばまたひとつ書くことが増えるかもしれないぞ。さ、早く早く、グラス取ってくるぜ。」
「僕はさ」
「なんだよ?」
「僕が大事だと思ったことを抱きしめる時間が欲しくなった。」
「そんなことしてどうなるんだよ。何か目立ったこと言わなきゃ誰も見てくんないぞ。」
「君の言う『奴ら』や『あいつら』はさ、一体どういうふうにして記事を書いてるんだろうな。」
「知らないよ。くだらねえことばっかり書きやがって。そこらのいい酒飲んだ方がよっぽど価値あるわ。」
「その酒をつくった人は、一体何を考えてつくったんだろうな。」
「それも、知らない。」
「一昨日行った酒場の店主が、君と話すときとても楽しそうにしていたのを見ていたかい?僕はそれをみて嬉しかったよ。歓迎されてると思った。」
「それと書くことは関係ないだろ。っていうか、今回いつもの酒の味のメモもとってないけど書けんのかよ。」
「また来たいと思ったよ、ここに。」
「そうかよ。グラスの用意できたぞ。俺は先に飲む。早くあっち行こうぜ。」
「君にも帰るところができるといいな、そのうち。」
「なんか言ったか?乾杯。」
「ああ、乾杯。」