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少女☆歌劇 レヴュースタァライトの魅力を語らせてくれ

みなさんこんにちは @ryo_pan です。今日はデザインの話を一切しません。

スタァライトを知っているか

2018年夏アニメとして始まった『少女☆歌劇 レヴュースタァライト(以下、スタァライト)』、観てますか?まだの方は今から観ましょう!
ご縁が重なって自分は最初の舞台版からスタァライトを応援しているのですが、改めてこのコンテンツは面白いなぁと思ったので、考えていたことを書き出してみました。
考察というよりは妄想や願望の類として読んで頂ければと思います。なお、ストーリーや基本設定、キャラ紹介などは割愛していますので、気になった方はぜひ公式サイトもチェックしてみてください。

舞台→アニメの転換による効果が面白い

公式で「ミュージカル×アニメーションで紡ぐ二層展開式少女歌劇」と謳われているように、スタァライトは舞台とアニメーションの2つが軸となっています(漫画やゲームもあります)。そしてスタァライトは舞台版が先に公開されたのですね。通常、アニメ×舞台と言われると、アニメ作品を舞台化した「2.5次元」が思い浮かびますが、2.5次元とは順番が逆なのです。
これ、単に順番が逆なだけなのですが、思いのほか面白い効果が出ているんじゃないかと思っています。

1. キャラクターが3次元と2次元を往来する
通常、2.5次元ではアニメのキャストが舞台版にも出演されるのは稀なことだと思います。一方、スタァライトは舞台とアニメーションのキャストが同じです。加えて、最初のお披露目が舞台(3次元)なわけです。これはつまりどういうことかと言うと、客席側から見て、最初に認識するキャラクターが現実世界にいるのですよね。この構造が面白い。初演の舞台からアニメ放映までしばらく間がありましたが、その間にもイベントやライブがおこなわれていました。この期間で、キャラクター=目の前の彼女たち、という認知はかなり高まったのではないかと思います。そしてアニメがスタートするわけですが、ではアニメーションで声をあてているキャストさんは単なる「◯◯役」なのか?という問いが生まれます。私にはそうは思えませんでした。舞台に立っていたあの子も、アニメに出てきたあの子も、次元は違えど同一人物なのです。現実世界での認知を先に得たことにより、このような2次元と3次元をキャラクターが行き来する構造が作れたのではないかと私は考えています。アニメで声をあてていたキャストがライブなどでそのまま表に出てくる構成は珍しくはありませんが、順番を変えるだけでこうも認知が変わるんだな、と自分の中では割と驚きでした。

2. 熱のあるファンを初期フェーズで獲得
さて、現実世界でイベントをおこなうと何が良いのか。1つに「熱意のあるファンが来てくれる」があるんじゃないかと思います。何しろ、そこそこいいお値段のするチケットを購入して訪れてくれるわけですからね。推測でしかありませんが、最初に舞台公演をおこなったことで、スタァライトはアニメ放映前から質の良いファンを獲得できたのではないかと思います。ファンが定着すると何が起こるかと言うと、これも推測ですがおそらく炎上しにくいコミュニティになります。まぁ、推しの違いによるアレコレはあるかもしれませんが。アニメ放映前にファンを獲得したことにより、放映時から一体感のある応援や布教活動、アニメから入ったファンへのフォローアップなどがおこなわれたのではないでしょうか(あくまでも想像です)。

一方で、舞台を先行でおこなうにはたくさんのリスクもあっただろうと思います。ちゃんと集客をしないといけないですし、継続してファンでいてもらえる仕組みなんかも必要そうです。ロードマップやコンテンツの設計は慎重に作られたのではないでしょうか。プロモーションも大変そう。そのあたりはブシロードさんの経験を投入されていると思われます。

先の見えない展開のアニメが面白い

アニメ版も無事放映が始まったわけですが、この作品はいったいどこに着地するんだ?!と観ている人はドキドキしているのではないでしょうか。自分もその1人です。

「トップスタァとは……」
「学園ものかと思ったらバトルが始まった」
「キリンとは……」

舞台を観ていたので作品のイメージは掴んでいましたが、改めて見てもぶっとんでらっしゃる……

いま自分がいちばん気になっているのは「この作品に勝者はいるのか?」という視点です。スタァライトには作中でランキング表が出てきており、各キャラクターが「トップスタァ」を目指してオーディションが開催されます。

日常もののアニメであればそもそも勝者の存在はありません。団体競技であれば「みんなで勝つ」ことができます(ラブライブとか)。一方、スタァライトは明確に「勝者は1人」の構図となっています。
ですが勝ち負けがあると言ってもシリアスではありません。負けたからと言って命を落としたり学校を去ったりはしません。勝者と敗者がいることはシンプルな構図ですが、この作品がそれを積極的に目指しているようには自分には見えません。

「実は勝ち負けはオーディションの結果の外に存在するのではないか?」との思いが巡ったのは5話「キラめきのありか」鑑賞後でした。 5話はざっくり言うと「主人公に依存していた露崎まひるが自分なりの方向性を見つける」話でした。実は勝ち負けで言うとまひるは負けてるのですが、その結果、自分の足で歩けるようになります(おそらくは……)。
これをシンプルに言い直すと「アイデンティティの獲得」であり、スタァライトのキャッチフレーズ「アタシ再生産」と言えるのではないでしょうか。
公式サイトの「舞台少女」の項目にも「舞台に魅了され、舞台に生かされている少女たちのこと。舞台に立つ度に新たな自分に生まれ変わり、未完成の情熱を燃やして「スタァ」を目指す」と書かれています。

まぁ完全に妄想なんですけど、つまるところスタァライトにおける勝ち負けやオーディションが持つ本質は「自分らしさを発見できるかどうか」にかかっているのではないかと思います。オーディションに勝ってもアイデンティティの発見・獲得に至らなかったキャラクターが精神的に敗北する、なんてシーンも今後あるかもしれません。また、キャラクターの中でもいちはやく「裏方でがんばる」というアイデンティティを獲得した大場ななに関しては違う角度での物語を提供してくれるかもしれません。あれをアイデンティティと言えるかどうかはまだわかりませんが、それも含めて楽しみ。

また今夜放映される6話「ふたりの花道」では双葉と香子にスポットライトが当たります。2人がどのようなアイデンティティを発見するのか?気になります。

「この作品に勝者はいるのか?」という最初の問いに戻ります。オーディションがある以上、トップスタァは決まるでしょう。でも、それ以上に、キャラクター各々が「自分自身を乗り越えた勝者」として描写され、フィナーレへと辿り着くのではないかと思います。これはスタァライトが舞台をテーマにした作品であることにも関連しています。どういうことかと言うと、舞台には「役割のない役はいない」からです。例え役名のないアンサンブルだとしても、舞台に立つ以上は求められる役割や場面が必ずあります。同じように、スタァライトのキャラクターたちも単なる「トップスタァの引き立て役」ではない、それぞれの役割にきっちり辿り着くことでしょう。

コンテンツとして見た時のスタァライト

最後は少し視点を変えて「コンテンツとしてのスタァライトは今後どうなっていくか?」について考えてみました。作品自体が成功するかどうかがもちろん大きく関係するでしょうが、ブシロードさんがこれだけ大々的にプロモーションしている作品を1代で終わらすとは考えられません。

ゲームで他の学園が登場していたり主人公達が99期生なのを考えると、展開のしやすさは最初から設計されているものと思われます。シンプルに100期生の話をしてもいいし、1期生の話なんかもできそうですね。
ですが99期生の出番がアニメと舞台が終わったら終了、というのも寂しいものです。何よりこれまで注がれてきた情熱(とコスト)を考えるとそうそうすぐに終わらせるようには思えません。考えられるシチュエーションとしては

・99期生の物語を引き続き提供する
・過去あるいは未来の物語に99期生を絡ませる

あたりでしょうか。同一キャラクターで物語を継続すると「前作でハードルを乗り越えたのに続編で再度落としてもう一度上げる」という面倒なシチュエーションになるので無難に後者な感じはしますが。

このように今後のコンテンツとしてどうしていくか、が先述の「勝者はいるのか」にも繋がっていそうだなと思ったりしてます。再起不能な敗者としてキャラクターを扱ってしまうと継続コンテンツとして提供できないのですよね。よほどそのキャラにフォーカスを当てないと復活できないっていう。

いよいよ折り返し。どうなるスタァライト

Blu-ray BOXの詳細を見るに、おそらくスタァライトは全12話。つまり16日放映の6話が折り返し地点となります。残された謎やキャラクターの動向が気になります。これからさらにどう面白くなっていくのか、今後どのようなコンテンツに育っていくのか。いち視聴者としてとても楽しみです。

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Ryo Yoshitake | THE GUILD
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