那須川天心vsメイウェザーに見る、群衆の無知と無責任

その男は紛れもなく最強だった。

過去50戦を戦い、負けは0。

さいたまスーパーアリーナのS席に座り21時を回ったにも関わらず、
実際にその姿を見るまでは彼が日本にいることも疑わしかった。

そんな世界最強の男、
フロイド メイウェザーJr


スーパーフェザー級、ライト級、
スーパーライト級、ウェルター級、
スーパーウェルター級


無敗のまま5階級を制覇した、
史上始めてのボクサーだ。

パウンドフォーパウンド

という言葉を聞いたことがあるだろうか。

仮に体重差がなかった場合に最強である、と目されるチャンピオンに与えられる称号のことだ。

過去には、モハメド・アリ、シュガーレイロビンソン、シュガーレイロナード、マイクタイソン、ロイジョーンズjr、マニーパッキャオなど、そうそうたる顔ぶれが並ぶ。

ボクシングを知らない人でも聞き覚えのある名前かもしれない。

そして勿論、メイウェザーもその中の1人だ。

しかし戦績だけ見れば、
この中でもメイウェザーはずば抜けている。

負けない

というのが、いかに難しいかが分かる。

階級を上げてからはディフェンス重視の運びが多かったが、元々はかなりのハードパンチャーだ。デビューから27戦までは20KOと、8割近いKO率を残している。
 

そんなメイウェザーに立ち向かうは
20歳の那須川天心。

天心は強い。
日本のキックボクシング界では間違いなく最強だ。

正直僕も、
天心ならあのメイウェザーに一泡吹かすことが出来るんじゃないか、なんて心のどこかで思っていた。

戦績は28戦28勝、21KO。

戦績だけ見れば、互角だったのかもしれない。

ーSHOWを愛する日本のテレビ局ー

天心のRIZINでの活躍は凄まじかったし、戦い方も超魅力的だ。
飛び廻し蹴り、打ち合い、KO。

ややあどけなさの残るルックスに口下手さも好印象で、テレビへの出演も増えていた。

そんなこれからの天心にRIZINがぶつけた相手。


それがメイウェザーだ。 

「見たい!!!」

「絶対みたい!!!」

それ以外の感情はなかったし、RIZINすげぇ。。。
としか思えなかった。

僕も結局SHOWが好きだったのだ。

計量では

メイウェザー 67Kg
天心     62Kg

対戦はボクシングルールで、勿論キックはなし。

ちなみにこの5Kgの差、ボクシングでは2階級以上に当たる。

階級を渡り歩いてきたメイウェザーが、この5Kgの大きさを理解してないはずがない。

だから一貫して、「これはエンターテイメントでありエキシビションだ」と言い続けたのだろう。

天心はボクシング未経験で、対戦決定後に3ヶ月の練習のみ。

対するメイはハードワーカーとして知られ、

「お前が休んでいる時、俺は練習している。お前が寝ている時、俺は練習している。お前が練習している時、勿論俺も練習している」

は、その努力を物語る名言だ。

ことボクシングにおいて、

それに命を注いできた世界の超天才に、日本では強いキックボクサーが勝てると思うか。

思ってしまった。


何たる無知、無恥。

そして、それを扇動するメディアの
盛り上げ方が上手いの何の。

天心の体、キャリアなんてお構い無し。

ただただ、話題になれば良い。

天心自身は今回の戦いに前向きだったし、試合中も闘志を見せ続けていた。

それでも振り返ってみると

試合前、いかに自分が、そして大衆が冷静でなかったかに気付く。

当日まで、この試合を楽しみにしていたほぼ全ての人が、根拠のない希望の光を持っていたと思う。

ーかき消される専門家の警告ー

天心のボクシングコーチを務めたのが、帝拳ジムで多くの世界チャンプを育てた葛西裕一さん。

世紀の一線を控えての彼のコメント。

「那須川は素晴らしい才能があるが、さすがに相手が悪すぎる。メイウェザーには本気を出さないで欲しい。引き分けに持ち込めれば御の字だ」

ややうろ覚えなところはあるが、こんなことを話していた。

それぐらい違う。

ボクシングとキックボクシングは
知らない人には違いが分からないだろうが、
別のスポーツだ。

ボクシングからキックの世界に来たり、逆もまた然りだが、活躍する選手は極々まれだ。

K1に参戦した元横綱の曙や、柔道元金メダリストの石井を思い出して欲しい。

残念ながら悲惨な結果に終わった。


それに加えて、

体重差
経験

プロには、
絶対に勝てるはずがないと分かっていた。

天心自身が「当たると思う」とコメントしていたように、パンチが1発でも当たれば奇跡。
そんな試合だった。

勿論天心は勝つつもりで練習していたし、
戦ったと思うが。

しかし僕らは違う。

知識もなければ、経験もないのに、

なぜか良い試合が出来るのではないかと思った。

そう結局、
興奮する観衆と煽りに走るメディアの前では、至極合理的な専門家の意見すらも無意味なのだ。


ー試合後にあらわになる、無責任の嵐ー

熱狂したそのファイトの後、多くの記事やネットにはこんな内容が溢れた。

「やはり体重の壁は大きかったか」
「勝てるはずのない試合だった」
「天心は大ケガする可能性があったのに、この試合は正しかったのか」

そんなことは全部わかっていたのに。

専門家はずっっっとそう言っていたのに。

何たる無責任。

試合前はあれだけ興奮して、世紀の一線だと煽っていたのに。

何故だか、オリンピックでメダルをとれなかった選手がテレビでは取り上げられない、あの現象を思い出してしまった。

試合前はあれだけ密着して興奮しているのに、メダルが取れなければ過程を称賛する声もない。

勝負の世界でそんな甘いことをと思うかもしれないが、メディアはメディアであり、そのメディアを作るのはやはり国民だ。
(他国もそうなのかは知らない)

今回の試合なら、
「よく立ち向かった、メイウェザーと試合をしたことは誇りであって、これから日本の格闘技をもっと盛り上げて欲しい」


といったようなポジティブなコメントで溢れていて良いはずなのに、試合そのものを否定するような記事を散見するのが、とても悲しかった。

ー今回の一線であらわになった、日本人の国際感覚の欠如ー

というのは言い過ぎかもしれないが、この試合を通して

いかに日本人が世界基準ではなく、国内メディア基準で物事を判断しているかが浮き彫りになった様に感じる。

日本は今や他先進国と比較して、以前のように経済的優位に立ってもいなければ、少子高齢化に人口減少、デフレ、未来への先行きも暗い。

それなのにアジアのリーダーであるかのように
日本の技術は凄い!産業は偉大だ!と囃し立てるメディアに、少し嫌気がさす。

そして海外の話を持ち出した時の、「ここは日本だ!」という声のなんと大きいこと。

ここでこの議論は無益なので控えるが、

いずれにしろ、個々人がバランスの取れた国際感覚を身に付けることは重要だ。

僕自身、カナダに留学していた時、有名だと思っていたスポーツ選手やアーティストは世界的にはほぼ無名、という経験が多くあった。

今回の試合でも海外中継で天心は
「Ninja boy」と紹介されていた。 
それくらい彼は世界でまだ無名だった。

錦織圭や大谷翔平、松山秀樹のように、若くから拠点を海外に置く選手も多い中で、これからの格闘技を担うであろう那須川天心が日本のSHOW に使い古されるのはあまりにも惜しい。

いちスポーツファン、ボクシングファンとして
彼がしがらみなく、さらに強くなれる環境に身を置き、世界の格闘技を牽引していくことを、心から応援したいと思った。

お疲れ様、そして格好よかったぞ天心!!

おわり

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