東大サッカー部の運営に「ティール組織」を導入した話①
前回は「サッカー指導者にも関わらずサッカーのことは何も書きません」という珍妙な宣言をしただけだったので、流石にひとつくらいは中身のある記事を速やかに投稿しておこうと思います。
ADHD治療のおかげで、最近すこぶる早く作業が進みます、科学の力は本当に偉大ですね。
去年まで3年間、東大サッカー部(正式名称は東京大学ア式蹴球部と言います、以下ア式と表記)の監督をやっていました。
最初の2年間は一応肩書きは別だったんですが、実務上は完全に監督だったので、まあそういうことです。
ア式で指導者として活動する中で、部分的にピッチ外のマネジメントを行う経験がありました。
特に昨年、最後の1年は組織全体に”ティール組織”というフレームワークを導入するチャレンジをしました。
”ティール組織”はそもそも難しい概念で一言で表現するのが難しいですが、あえて言うなら
メンバーに変なステレオタイプを押し付けずに、
組織の目的に共感した人たちで目的達成に向かって進むフラットな組織
という感じでしょうか。
ティール組織自体に対するより詳しい説明や運用などは別記事にていつか投稿するとして、今回はティール組織という組織論のフレームワークを実際に運用してみた体験談を書きたいと思います。
ティール組織とは
そもそもティール組織ってあまり聞きなれない単語だとは思うんですが、具体的な運用方法なんかまで話すと結構ボリューミーです。
おそらくnoteの記事でいくつかにパート分けしないといけないくらいの分量になるので、そのうち別記事で紹介します。
(気になった方はまず本読んでみると良いですが、はっきり言ってめっちゃ怪しいです笑笑。かく言う私も、ちょっと読んだ時点では怪しすぎて1年くらい放置してました。)
とはいえティールなんて初耳だという方もいると思うので、全く説明しないわけにもいきません
そこで、ここではともかく考え方や根底にある価値観についてちょこっと説明してみようかなと思います。
ティール組織はそもそも、これまでの”未発達な”組織の先にあるより高度な組織体制として提唱されました。
以下にティール組織で主張される組織体制の発達段階をまとめておきます。
要するに、
・ヤンキーちっくな力こそパワー!みたいな組織は怖いし
・日系みたいに権力と手続きがモノを言う組織はダルいし
・外資系みたいに利益や成功を過剰に追求する組織は疲れるし
・ベンチャーみたいに一見フラットな仲良し組織も実は人間関係煩わしいし
あれ、結局どれもしんどくね?っていう課題意識から生まれたわけです。
そんなわけで、ティールでは「それが実現できたらそら最高ですね」というようなことが繰り返し述べられます。
しかしだからこそ、「そんなこと実現できるわけないやん」という疑念や批判に繋がっている印象もあるのですが。
ともかく、ティール組織の特徴は以下の3つだと言われます。
① 進化するパーパス(存在目的)
② 自主運営
③ ホールネス(全体性)の発揮
この記事では、これら3つの特徴について詳細に説明することはしません。
重要なのは、これらの根底に横たわっている考え方の方です。
そこで、上記の特徴をそれぞれ以下のように言い換えると、正確ではないにせよもう少しわかりやすいと思います。
・ 会社の第一の存在意義は、利益追求ではなく社会にどのような影響を与えるかという目的の追求である
・ フラットかつ柔軟な組織体制で、マイクロマネジメントや煩雑な手続きから解放される
・ 各個人のライフスタイルや多様性を尊重し、「社員かくあるべし」のようなステレオタイプを押し付けない
これらをまとめて一言で表現したものが、冒頭で紹介したティール組織の簡単な説明だったというわけです。
東京大学ア式蹴球部の運営体制
客観的に見て、東京大学ア式蹴球部の運営は一般的な大学サッカー部のそれよりも高いレベルにあるのは事実でしょう。
もちろん課題もまだまだあるのでしょうが、ハードやソフトなどの充実度に関して、Jリーグのクラブと比べても遜色ない部分もあります。
(これはむしろJリーグクラブの運営/経営の課題でしょうが…)
ア式の運営体制について少し説明しておきましょう。
ティール組織では基本的に上司と部下といった階層構造を持ちませんが、当然プロジェクトや役職によってチームやユニットは組まれます。
そのような意味で一定の”組織構造”は持っています。
ア式ではこのチームを「ユニット」と呼んでいましたが、各ユニットがア式の存在目的の追求と自己実現のバランスをとりながら活動していました。
(例えばホラクラシーでは「サークル」と呼ばれます)
ア式に存在したユニットの例としては以下のようになります。
・ テクニカル
・ フィジコ
・ コーチ
・ 強化
・ プロモーション(≒スポンサー獲得)
・ 広報
・ リクルート
・ コミュニティ
・ 試合運営
・ 部内環境
・ ティール組織コーチ
これらのユニットそれぞれに約10人ほどのチームメンバーがアサインされ(重複/バラつきあり)、さらに各ユニット内部にもより詳細な役割が割り振られたサブユニットが存在して運営に当たっていました。
中でもテクニカルユニットはその量、質ともに際立っています。
人数だけで言っても、昨年の時点で15人程度が在籍していましたが、これはおそらく国内どこのチームと比べても多いと言えるでしょう。
質という面でも、研究室と協力してア式の資金力や競技カテゴリーでは考えられないGPSデバイスを導入しました。
これにより、トレーニング負荷の管理が可能になることはもちろんですが、テクニカルスタッフとしてもそのような機器を扱う経験を学生のうちから積むことができます。
その上、テクニカルユニットは昨年までは私と上級生が中心になり指導していましたが、今年からは横浜・F・マリノスで長年テクニカルスタッフを務められた杉崎健さんをアドバイザーとして迎え、育成のシステムをさらに強化しています。
また、今年に入って繰り返しメディアで特集されていますが、私の後任で今年から就任された元プロサッカー選手の林陵平監督の招聘は、学生のみで構成された強化というユニットが主導して実現しました。
アクセンチュアをはじめとして複数のスポンサー企業との契約を勝ち取ったプロモーションユニットも、OBや複数のアドバイザーの力を借りつつも学生たちで主体的に動いています。
特筆すべきは、ティール組織を採用しているので当然といえば当然ですが、基本的にユニットには上下関係が存在しません。
ユニットのリーダーや部下といった階層はなく、全部員に意思決定する権限が与えられています。
上級生も下級生も関係なく、持ち合わせた能力や特徴、影響力の大きさなどによって自然とプロジェクトアサインの機会や発言力の序列が形成されるイメージです。
組織を変えるのは一朝一夕ではいかない
今でこそ整理された組織体制を持つ東大サッカー部ですが、最初からこのような組織的な運営がされていたわけではありませんでした。
私が一浪の末東大サッカー部に入部したのは2015年でしたが、当時の運営体制はより原始的な、「頑張る人のマンパワーに頼る」という状態でした。
組織として機能していたのは、私が入部する数年前に先輩が立ち上げたというテクニカルチームくらいで、広報や部の方針の決定は”担当の人”が頑張るか、”幹部”と呼ばれる上級生の中心メンバーが決めていました。
私の第一印象としては、「あ、東大サッカー部って意外とこんなもんなんか」でした。
なんかもっと東大サッカー部っていうくらいだから運営とかもっと色々やってるのかなって思っていたので、正直少し拍子抜けでした笑
このような組織体制だと、どうしても負担が偏ったり不満を持つメンバーがいたりというのは避けられませんでした。
また、情報や意思決定プロセスの透明性も低く、一部のメンバーによって知らないうちに重要なことが決まってしまうことに不満を感じる人もいたと記憶しています。
さらに、最も問題だったのは、継続性がないことでした。
上下関係なんてほとんど存在しないくらい緩い雰囲気なんですが、なぜか「部の幹部」と呼ばれる謎の中心メンバーには上級生ばかりが入れるという”部活仕様”でした笑
そのため、毎年毎年”幹部代”である最上級生が変わるたびに、部の方針を変え、運営方針を変え、と継続や上積みとは程遠いシステムになってしまっていたんですよね。
これはあまり良くないなと思い、自身が指導者になり、選手時代の肉体疲労から解放されたタイミングで部の運営体制についても見直そうと考えました。
幸い、同じような課題意識を共有していたメンバーが一緒に動いてくれることになりました。
とはいえ、いきなりティール組織だ!先進的な組織論を導入だ!なんていう風には当然ですが行きませんでした。
そもそも当時の私はティール組織だとか心理的安全性だとか、そんな高尚な知識は全く持っていなかったのもあります笑
が、それ以上にティール組織は「組織の発達段階」のネクストステージという位置付けです。
まともな組織体制が存在していないような組織がいきなり目指せるものではなかったように思います。
そのため、最初の2年は非常に地味な変化でした。
各ユニットをユニットとして確立し、それぞれのリーダーを決め、トップダウンの階層型組織としてまずはまずは機能するように試みました。
組織図を作ってメンバーをアサインして、いわゆる普通の組織として一通り回るシステムが安定するまでに、約2年かかりました。
この2年という時間ですら、東大生という「真面目な人材」が多い組織だから、また所詮学生の課外活動である部活動だからこそ短く済んだのだろうなと思っています。
ティール組織を導入した3年目
3年目を迎えたタイミングで、私は組織を大きく変化させようと思い立ちます。
それは、その年を自分がア式で指揮を取る最後の年にすることをなんとなく考えていたことと、2年間にわたる組織運営の改善でようやく次のステップに進めそうな段階に入ったことが大きな理由です。
ですが、理由はほかにもいくつかあります。
・ サッカー界全体として組織論は未発達(マンCでやっとオレンジ組織)
・ サッカー界のもつ「自己実現は後回し」な風習を変化させたかった
・ 組織と個人の幸福の両立は日本社会にとっても重要な課題
・ 東大生の可能性を引き出し、スポーツ界の組織論をリードしたい
・ 戦術的ピリオダイゼーション理論と「複雑系」という背景が共通している
サッカー界はまだまだ組織論的にはブルーオーシャンです。
世界の著名なサッカークラブの中では、最も組織的に成熟しているのはおそらくマンチェスター・シティでしょう。
先日もアビームコンサルティングとのパートナーシップが発表されて話題になっていましたね。
ところが彼らですら、他業界にようやく太刀打ちできる「トップダウン」の構造が成熟してきたところなのです。
もちろんそれはそれとして素晴らしいことなのですが、彼らの組織の発達段階をティールの枠組みで表現するなら3つ目のオレンジ組織です。
組織の発達段階で言えば多くの外資系グローバル企業の組織構造に肩を並べたにすぎません。
(ティールになれば良いというわけでは決してありませんが、「それが出来るかどうか」というケイパビリティの問題ですよね)
世界のトップクラブですらその段階なのですから、そのほかのビッグクラブは「オレンジのなり損ない」あるいは「琥珀組織(=すなわち形式的な上下関係が重視される)」、「レッド組織(=マンパワーによる支配)」がほとんどです。
日本のサッカークラブの運営に至っては、先ほど紹介した入部当初の東大ア式のように組織として非常に未熟なクラブがJリーグにすら見受けられます。
また、サッカー業界に限らない日本社会全体の課題として、個人の権利が蔑ろにされてしまうことも挙げられます。
個人<組織、プライベート<仕事という価値観が主流の日本では、多くの人が自己の幸福追求を犠牲にして仕事や組織に人生を捧げてきました。
近年の情報化社会の影響もあり、個人レベルでは日本でも「自己実現やプライベートを重視する」という新たな価値観も芽吹きつつあります。
しかし、それを管理運用する組織の側がそれに適応できていないように思います。(以下の記事にはまさにそんなすれ違いを見てとれます)
アメリカやヨーロッパで徐々に発達しつつある「新たな組織像」では、先ほど紹介したティール組織のように意思決定理論として優れているだけではなく、個人の幸福追求/自己実現も重視する流れがあります。
ティールに限らず、「パーパス・マネジメント」の考え方はまさに企業の理念を第一に追求することで、組織を構成する個人の価値観と共感、すり合わせといったアクションを誘発するものです。
(学力/思考面で)本来高いポテンシャルを持つ東大生ばかりで構成された組織である東大のサッカー部ならば、このようなサッカー界、日本社会の現状に少しの変化をもたらせるかもしれないと考えたのです。
また、近年生まれてきている様々な新しい考え方は、その多くが「複雑系」や「システム」という考え方をその根底に共有しています。
込み入った話になるので、ティール組織そのものについて詳しく説明するときや、複雑系やシステム思考についての記事を別に執筆したいと思います。
とはいえ、導入してみて上手くいったことも上手くいかなかったという反省もたくさんありました…。
ということで次回は、実際に導入してみてどうだったのかについて書いていきます!