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誰かに喜んでもらうために

昨日もメンバーと3時間、ミーティングをしていた。気付いたら日付を跨いでいた。

 正直、最近は苦しさや難しさといった葛藤を覚えることも多いのですが、昨日も改めて原点に還らせてもらったような思いがした。この「イベントを通して何を伝えたいのか」

 その着地点を明確にすることが参加して下さった方の満足度を高めるのではないか。そんな結論でまとまった。

 でも、今日は私があえて答えのない問いを投げかけていた頃の話だ。変わらないのは根底にある想いと、生涯をかけて伝えていきたい私の役割である。

これが私のモチベーション

 皆さんは何をモチベーションに日々を過ごしているでしょうか。

 私の活動の源は「誰かに喜んでもらうために」という想いです。もちろん生きていくためにある程度のお金は必要ですが、これは最優先事項ではありません。前職を辞める決断をしたのも、誰かを笑顔にしたいという一心でしたし、もっと自分と同じ思いを持つ方に出会いたいと願ったからに他なりません。
 そんな私は、人から必要とされることに無上の喜びを感じます。ありがとう、助かった、おかげでこんなことができた・・・。他者からこんな言葉を掛けられると、心から喜びが溢れてきます。自分の気持ちが満たされている時などは「生きていてよかった」とさえ思うから、不思議です。

社内外研修でのモチベーションと、心掛けていたこと。

以前、講師として尽力していた『重度訪問介護従業者養成研修』(自身が利用している福祉サービスヘルパー養成講座)も、その1つです。2日間で合計24時間の研修を通じて、受講者の方々から当事者のリアルな声を聞けてよかった」「実際の現場で役立ちそうです」といった感想をいただいた途端、疲れはどこかに吹っ飛んでしまいます。研修でお伝えできることは限られていますし、人数がそれほど多いわけでもありませんでしたが、たとえ1人でも何かを感じていただけたなら、相手に満足していただければ、私は実施した甲斐があったと思えるのです。
 一方で、こちらから伝えるだけではダメだ、とも感じていました。だからこそ、私が社内研修を担当することになってから、一貫して大切にしてきたのがグループワークです。毎回あえて答えが限定されない質問を投げかけ、受講者それぞれが自由に発想できるような時間を大切にしていました。
 例えば、発達障害のある男児の事例を提示し、「この男の子の『特徴』を『特長』として捉えてみよう」といった具合です。一見マイナスと思われがちなことも、多数派の見方に流されず、プラスの観点から捉え直すための練習です。

大学での講義(授業)で留意していること

 また、大学等で学生の皆さんにお話しさせていただく際に強く感じるのは、「伝える側が正解を持っている」と勘違いしていることです。質疑応答の時間を設けても、一向に発言しようとしないのは「発言したところでどうせ大人(教授する側の人間)が正解を持っている」という冷めた意識が、学生側に浸透しているからではないでしょうか。リアクションペーパーは鋭い質問で埋め尽くされているのに、(こちらの働きかけ方次第で)私と目も合わせようとしなくなっては非常にもったいないことです。
 講師という立場である以上、貴重な意見を他者(学生)同士が共有する機会を奪うことだけは、避けなければなりません。正解から逸脱することを恐れる学生にどのように参加を促していくかは、(目の前の皆さんから)自分に課せられた永遠の宿題なのかもしれません。 

 私の役割は「知らないことは恥ずかしいことではないんだよ」「聞いちゃいけないことなんてないんだよ」「あなたの発信が誰かの学びになるんだよ」といったメッセージを伝えていくことだと思っています。これからも自分にできる最善の準備をして、こうした活動を続けていく覚悟です。

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長野 僚
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