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Ep.013:サブリナの赤いドレス、白いピアノ、黄色い風-ニューヨークの追憶

 タップリのコーヒーの粉で、形がいびつになった、安くて薄いコーヒーのろ紙に、お湯をゆっくりと注いでいくと、ろ紙がヒラヒラと動きはじめる。その様子はまるで、ひとつの花がひらくのを早回しで見ているようだ。

私がサブリナとデートの約束を取り付けたのは、ニューヨーク3年目の春の終わりだった。

彼女はポーランド系で全体的に色素が薄く、瞳の色はグレーがかっていた。小柄ではあるが、目尻はキリっと吊りあがり、朗らかに笑うと小さな八重歯が見え隠れする、オオカミとリスのあいのこのような強い顔をしていた。

フランス語の講義で席が隣同士となり、なんとなく顔を見たら挨拶するようになった。最初に私が夜のパーティに誘い、彼女は来てくれた。

その頃、英語が拙なかった私には、英語で一人の女性をパーティに誘うことができただけでも、大変嬉しかったものだ。

その当時遊び歩いていた友人達に、私は彼女のことを誇らしげに紹介したのを覚えている。

フランス語のクラスで再会し、授業が始まる数分間の間に彼女の故郷のはなしになった。故郷といってもマンハッタンからフェリーで数十分の距離にあるスタテン島である。自由の女神がそびえ立つニューヨークの南に位置する小島だ。彼女はその島から大学に通い、ファッションデザインを専攻していた。

その島について自由の女神以外に知らなかった私に、サブリナは島にある、小さいが綺麗な植物園のことを話してくれた。

「一緒に行こうよ!」と私は内心ドキドキしながら尋ね、彼女は了承した。

デートの約束を取り付けた私は、はてどうしたものか、と考えを巡らせた。私も男であるので、二人の関係性をもう少し発展させたい。

しかし、なんせ昼間である。夜お互い酒を飲んでいれば、どうにかなりそうなものだが。

なんて思ってしまう私は浅はかなのだろう。酔いにまかせて…なんて何事かと思う。

デートの日にささやかなプレゼントを贈ることを考えた。それが正解だったかは分からない。

しかし世の中に正解なんてないのだろう。正解にするための行動が、その後にともなっているかが重要だ。

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