〈短編小説〉 煌めく線香花火・第1話
「ねえ知ってる? 線香花火が落っこちる前に既読がついたら両想いなんだって」
友達の三笠春子は線香花火に火をつけてそう言った。暗闇の中で線香花火の火花が弾ける。春子の線香花火の火はすぐに庭の地面に落ちた。
今日から夏休みが始まった私たちは春子の家の庭で花火をしていた。来年は大学受験を控えているから今年の夏休みはめいっぱい楽しむんだと意気込んでいた。
「なんでもいいからLINE送って、それで線香花火の火が落ちちゃう前に既読がついたら両想いなんだって」
一瞬で落ちた春子の線香花火を見たばかりの私はそのジンクスの胡散臭さと望みの薄さに笑ってしまった。
「そんなの誰が考えたの」
「分かんない、この前TikTokで見た。その子は両想いだったよ」
あほらし。そう思ったけれど、あほらしくて逆に試したい気がしてきた。誰が言い始めたのかも分からないおまじないを信じてもいいくらい望みの薄い恋だったから。
「スタンプでもいいかな」
「スタンプでもいいんじゃない? ダメだったら間違ったことにしたらいいんだし」
そっか、とスマホを取り出して送りたい相手を選んだ。小川くん。彼は陸上競技部で走り高跳びをやっている。
プロフィール画像には筆文字で「誰よりも高く跳べ!」と書いてある。しかも「跳べ!」だけがすごく大きく書いてあって、普通に見たら「跳べ!」しか読めなくてちょっとおかしい。
いままで一度もLINEのやり取りをしたことがないのにスタンプなんて送ったら気持ち悪いかな。でも小川くんはスタンプくらいで気持ち悪いなんて思うような人じゃないと思う。
それに、小川くんはすぐにスマホを見るタイプじゃなさそう。LINEを1日や2日は放置して、でもそれは本当に興味がないからで、数日後に気づいてやっと思い出したように返信を送っている姿が目に浮かぶ。
「郁美、小川くんに送るの?」
「うん。望み薄いけどね」
えいっ。LINEに最初から入っているスタンプの中から、クマが真顔で紙吹雪を浴びているスタンプを思い切って押してみた。
それから地面に置いたろうそくに線香花火を近づけて火をつける。いびつだった線香花火の火がやがて丸くなり、火の玉からパチパチと火の粉を噴き始めた。
小川くんのLINEを見てみる。まだ既読がつかない。そりゃそうだ。私の予想では小川くんが既読をつけるのを待っていたら線香花火はあと48時間は燃えていないといけない。
2日後に小川くんになんて言い訳しようかと考えていると線香花火が勢いよく燃え始めた。まるで打ち上げ花火を宇宙から見下ろしているみたいだった。
「えっ」
私はびっくりして思わず立ち上がった。小川くんの既読がついた。嘘みたいだ。でも嘘じゃなかった。
立ち上がった弾みで線香花火の火の玉が落ちていった。地面へ吸い込まれていくように煌めいて消えた。地球へ落ちていく流れ星を宇宙から見たらきっとこんな風に見えるのだろうと、その時の私は思った。