愛憎の日々
一人暮らしにおけるロフト、後になって気づく。別に必要ない。
「借りる部屋、どうしようか…」とあれこれ不動産のサイトを調べる。長かった受験期を終え、待ちに待ったキャンパスライフ。一人暮らしだからいろいろと自由だ!なんて心弾ませた…そんな3月のこと。
僕がはじめて借りた”あの部屋”。6畳プラス2畳のロフト付き1K。最寄りは、足立区、北千住駅。しかし駅からは徒歩20分以上かかる。大学はもっと大都会にあった。なので、学校に行くのに1時間はかかっていた。
学校の近くで過ごすよりも、僕は北千住で過ごすほうが好きだった。なんかこう、田舎者の僕には都会のやけにキラキラしたイルミネーションよりも、ごちゃごちゃした飲み屋街の灯りのほうが似合っている。
シティボーイに僕は慣れないのだ。
***
引っ越しもひと段落ついたところで、
女友達のSちゃんを招き入れた。
「きれいな部屋じゃん!ロフトあるの羨ましい~」
なんてはしゃいでいた。僕はちょうどその頃、早くも、
(男の一人暮らしって自由だけど、QoL下がるな…)なんて思っていた。
その日は彼女と一台しかないコンロでパスタを作って食べ、あのロフトで寝た。エッチもした。ちょうどロフトについてた小窓から街灯の光が差して、なかなか寝つけなかった。新聞配達の原付の音もうるさかった気がする。でもたまに入ってくる都会の生温い夜風は心地が良かった。
そんな日常が続いてた。
***
Sちゃんはそのロフトをとても気に入っていた。僕が学校に行く前も、夜勤のバイトに行く前も、帰ってきた時でさえ、彼女はよくそこで「おかえり~」と上から手を振っていた。
「ほんとにだいすきなんだね、そこ。」
毎回のように言ってた気がする。合鍵もその頃、渡していたから半同棲生活だった。(彼女は実家暮らし)
バイトのない夜はNetflixで、一緒に「水曜どうでしょう」を見ながら、缶ビールを開けた。お腹がすいたら、近くのコンビニへ2ケツしながらチャリでいった。初めての一人暮らしはすごく”自由”を感じた。君といたから何をしていても楽しかったんだと思う。
だけど、別に、恋人同士って訳ではない。僕たちは付き合ってなんかいなかった。お互いが寂しさを埋め合わせるためにあの部屋で一緒に過ごしてた。そんな疑似恋愛体験。でも気づいたら僕は、彼女のことが好きだと錯覚していた。上京したての僕が寂しくなかったのは間違いなく彼女のおかげだった。
ありがとね。
***
6月、彼女はこの部屋から出て行った。ピタリと来なくなった。理由は分からない。でも、お互いに学校が忙しくなってきてからだと思う。僕も生活費を少しでも補おうと、バイトばかりの生活だった。
何故だろう、付き合ってなんかなかったのに急に寂しくなった。急に部屋が暗く、冷たくなった気がした。
僕が思うに、「部屋」は温もりを記憶してると思う。
小学生の頃、自分の部屋で友達と遊び、見送って、戻ったときに感じるあの“寂しさ”に似ている。
きっと僕は彼女が好きだったのかもしれない。いや、好きだった。たった今、そう自覚した。彼女は僕のことは遊びだったかもしれないし、そうじゃないかもしれない。狭い部屋で二人で過ごしたあの時間、あの夜を愛していた。
いつだってそうだ、楽しかった記憶は、後になって鮮烈に目の前に浮かんでくる。ベランダでひとり、慣れないセブンスターをふかしながら、夜空を見上げていた。
「東京で星は見えないんだよ。」
って誰かが言ってたけど、僕の部屋からは見えた。北極星がにじんで見えてきた。気づいたら、僕は泣いていた。一人暮らしの本当の寂しさをようやく実感したんだと思う。
急にこの部屋、特にあのロフトが憎らしく感じた。できれば横にいてほしかった彼女のことを思い出す。ロフトに上がる、長い髪の毛が落ちている。きっと彼女のだ。枕からは異様なほど、彼女のにおいを感じた。僕はその日から下のソファで寝るようになった。
「またウチでご飯食べようよ〜」
なんてとりあえずLINEを送ってみた。
返事は来なかった。