リモートでの新たな試みは、コロナ禍の数少ない希望かもしれない。~ジャルジャル、ENGEIグランドスラム、劇団ノーミーツ~(後編)
※前編はこちら※
前編では、リモートをネタに活用したジャルジャルと、新たなネタ番組の形を模索したENGEIグランドスラムREMOTEを紹介したが、後編では演劇の新たな形を感じさせてくれた劇団ノーミーツの旗揚げ公演「門外不出モラトリアム」について書きたいと思う。
はじめに
劇団ノーミーツが話題になったのは、このツイートだった。世の中がZOOMでのリモートワークに切り替わっていてバーチャル背景なども注目されていたタイミングだったので、これを見た時は「うまいなあ。そして機を見るに敏だ」と思った。案の定、この動画はだいぶバズった。
そんな劇団がリモートでの本公演をすると聞いた時には、率直に見たいと思っていたのだけれど、その場ですぐに申し込む動機までは無かった。ただ、このnoteを読んで、気付けばその場で申し込みをしていた。
いやあ、千秋楽を見て全く同じ感想になった。これはとても素晴らしい作品であり、このコロナ禍が生み出した数少ない希望だったと言いたくなるくらいだった。
以下は出来るだけ直接的な表現をしていないようにしているもののネタバレも少しあるので、今後映像作品として体験したいという人は流し読みして欲しい。(おそらくそのうちに映像作品でアーカイブされるはずだから)
素晴らしかった点
①ZOOMを仕掛けに使った演出
終演後の公式ツイッターの情報によると、本番中のZOOM切り替え操作は二人でやっていたようだ。これは物凄い。自分自身、15年ほど前に大学の仲間たちの劇団を手伝っていて、音響を担当して数公演こなしたけれど、シンプルな音響ですら緊張感が凄いのだ。演劇界始まって以来の仕掛けをあの長丁場でこなすというのは、想像するだけで疲れる。
ZOOMならではの仕掛けというのは、これはジャルジャルのネタでも使われていたが、ユーザー毎のアカウント名を変えることが表現の一種になっている。例えば主人公たちがまだ出会ったばかりの入学式ではみんなフルネームがユーザー名だが、そこから暫く経って仲良くなった後ではあだ名に変わっているし、一番最後のカーテンコールの際には役者陣の本名に変わっている、といった具合。
あとはカメラワーク。演劇には本来カメラワークは無く、照明によってスイッチするのだけれど、ZOOMの良さと言えば、ある意味ピンカメラを自由自在に複数表示させて表現することが出来る点。主人公のメグルだけは複数のカメラが用意されていて、PCのカメラ、横からのアングルの定点カメラ、そしてお姉さんとテレビ電話をするときのスマートフォンのカメラ。それを組み合わせてZOOMで表示することで、新たな表現が出来ている。
②タイムリープに現実味を持たせる細かな設定
この話は所謂「タイムリープ」物である。タイムリープには多くの名作があるが、本人が指定した時点にタイムスリップが出来るという点では、”シュタインズ・ゲート”が近いのかもしれない。シュタゲも特定の結末を回避するために狙った日時に巻き戻り、何度も何度も繰り返しながら最善の結末に辿り着くのであるが、この作品も大筋は一緒。シュタゲの結末の一つが人類の滅亡だが、同じくこの作品の結末は新型コロナウイルスの脅威とリンクしていて、今この瞬間の行動が未来のコロナ禍の影響度の増減に影響する、というメッセージも込められている。
全く同じ時間を何度も繰り返すという”純・タイムリープ”作品で言うと、例えば”涼宮ハルヒの憂鬱”の中の”エンドレスエイト”であったり、映画化もされた漫画”僕だけがいない街”や、藤子・F・不二夫先生の”未来の思い出”が漫画やアニメではある。そして小説では、タイムリープ物の不朽の名作であるケン・グリムウッドの”リプレイ”、日本においては北村薫の”ターン”、乾くるみの”リピート”などが挙げられる。
そうした作品においては、主人公たちはしっかりとその時間軸ごとの変化が描かれることは多いが、この作品においては脇役、セリフすら無いような登場人物までもが服装や髪形を都度変えていたり、リモートの画面内に映る限られた空間(部屋の中)を最大限に活かした仕掛けをしていた。
例えばカレンダーの日付の変更はもちろん、日中を表現するために窓の外から明かりが差し込んでいる場面を表現している。
あとは脚本上でもタイムリープを繰り返すことで主人公以外の行動や人格が大きく変わっていることを、ZOOMのリモート画面上でうまく表現している。これもまたとても興味深い。
③この現実の延長線上なんだと思わせるディテールの細かさ
劇中、卒業式を4回迎えることになるが、その結末を変えているのが「自粛疲れによる気の緩み」だったり「クラスメイトとの結束」だったりの要素。そうした要素は主人公たちの行動で変動するのだが、それが結果的に世界のコロナ禍の深刻度とリンクしている。
クラスメイトと全く馴染まずに迎えた卒業式は、コロナ禍の影響が最も深刻でとても暗い卒業式となるし、主人公のクラスメイトの一人が自粛疲れによる軽はずみな行動をしそうになったときにその行動をしっかりと抑止すると、既にコロナ禍が収まりつつある世界を迎えることになる。
これはもちろん、今この瞬間を生きてコロナ禍に立ち向かっているリアルな我々に対してのメッセージだ。一つ一つの自分の行動が、将来のコロナ禍の影響度を左右するのだ、ということを伝えるためのものだろう。
果たして作品において、最後の最後にはどのような世界を迎えるのか。それは是非作品を直接見て確認して欲しい。
④生配信を証明するリアルタイムの仕掛け
劇中でマイ役の田島芽瑠(HKT48)さんが画面に向かってスマートフォンを向けて写真を撮るのだが、その写真は田島芽瑠公式Instagramアカウントのストーリーで配信される。それがリアルタイムで演じているという証明でもあり、また観客はそのストーリーをチェックすることによって、画面の中のこの映像に現実味を感じることが出来る。正に”今、この瞬間に役者陣と繋がっている”という気持ちを味わうことが出来るのだ。
本来の劇場だと自分のスマホを開くことは出来ないし、ましてや役者が舞台の上から自身のスマホで撮影してSNSにアップすることなど、ほとんどない。(一部のスポーツ中継やバラエティ、寄席などでは無くは無いが)
それが、リモートであるということを逆手にとって、観客が自分の部屋で自由に行動できることを見越して、こうした仕掛けをしているのだろう。
この二枚の画像を見て貰えるとわかる。上の画像(PCキャプチャ)だと左下、下の画像(スマホキャプチャ)だと右上にマイの姿が映っているのは確認できるだろう。
そのマイは、スマホでPC画面の写真を撮っているが、それがそのままインスタのストーリーに投稿されているのだ。
(投稿時間は”20秒”前ということがその証明)
あとは休憩時間も兼ねたアドリブコーナーでは、学長役の淺場万矢さんが実際にリアルタイムで寄せられたコメントを拾っていじるということもしていた。これはニコ生から続く生配信ならではの手法だが、これを演劇で取り入れたというのもまた画期的ではないだろうか。
同時に学長については、この作品がスタートする前に画面に表れ、オンラインで観賞するための注意点などを説明するのだけど、これ自体も実は作品の一部であり、メタ構造になっているのも、見続けていくことで気付ける凄さだろうか。
⑤随所に入れる”リモートのリアル性”
演出としてあえて各出演者の画面の画質や回線状況を統一化せず、出演キャラクターのペルソナに合わせて「こいつの家のネット回線は弱いだろう」といった設定がなされていて、とても興味深かった。
この二枚の画像は主役の二人のそれぞれのピン登場シーンだが、この画質の違いはそのまま二人の性格(性格からくる部屋の通信環境)を表現している。あとは良く声も途切れたり割れたりするが、それも演出による表現だと考えられる。正に”オンラインあるある”だ。
そしてこういう「本人が居なくなってがらんと映る部屋」というのも、ZOOMで御馴染みのシーンではないだろうか。
というわけで、結論
上に挙げたもの以外にも、実は細かく見ていくと沢山気付けていないこだわりはあるのだと思う。千秋楽では一瞬マジなのかネタなのか判断できないような回線の接続不良があったりしたけれど、あれがもしマジでのトラブルなのであればそれすらもリアル性を増強する効果を生み出している。それも凄い。
というわけで結論としては、今この瞬間に見るからこそより価値のある作品だ、ということだろう。今回の公演が取り上げられた記事やニュースを見ると、出演者たちは実際に一度も会っていないという。それどころか出演者オーディションもリモートというのだから、正に完全リモートの演劇である。それが一人2,200円~2,500円という価格設定で各回1500人ほど鑑賞していたのだから、興行的にも大成功だったのではないだろうか。
稽古場も要らない、オーディション会場も要らない、大掛かりなセットの作りこみも要らない、そしてもちろん小屋を借りる必要もない。無いものばかりでも、ITとアイデアと情熱さえあれば、これだけ可能性があるんだと感じさせてくれた劇団ノーミーツの皆さんに、心から感謝をするとともに、今後の更なる活躍に期待したいと思う。あと是非このコロナ禍が落ち着く前に、映像作品として多くの人に届けて欲しい。自粛がこれだけ続いたという体感がある今だからこそ、色々と感じることがある作品だと思うから・・・。
それにしてもわかってはいたし当然ではあるんだけど、カーテンコールもZOOMでやるシーンを見ると、とても不思議な感じだった。ちゃっかり役者陣はZOOM表示の名前が本名に変わってるし。
この後のオンラインでの打ち上げも、盛り上がったんだろうなあ(笑)
※本作品は観客の「画面キャプチャ」が公認されております。念のため。
追記
一夜限りの再上演、決まったようです!