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「国宝ドライブ」”ソロの細道”Vol.29「奈良」~47都道府県一人旅エッセイ~
「国宝」とは、国の宝。
「重要文化財のうち、世界文化から見ても価値が高く、たぐいない国民の宝」(文化財保護法27条より)
日本における「国宝」は、戦前と戦後で違いがある(戦前の「国宝」は「重要文化財」と「国宝」に分けられた)が、2020年において日本の国宝の件数は、「建造物」が227件、美術工芸品が897件となっている。
私自身、特に建造物の国宝巡りが趣味となっていることもあり、全国各地にある国宝建造物を旅の中で見物しに行くことも多いのだが、そんな中で多くの国宝が存在する地域というのが、奈良県。
美術工芸品を入れると、1位が東京(博物館や美術館が多い)、2位が京都で奈良が3位となるが、こと建造物に限れば京都の51件を抑えて奈良が64件となり、日本で最も国宝の建造物が多い都道府県となっているのだ。
そんな奈良県に、国宝&重要文化財の建造物巡りをしたドライブ旅について書こうと思う。
奈良県にはもう10年近く前に、一度一人旅で訪れたことがあった。大阪出張のついでの日帰りで、朝に大阪を出て奈良公園やらの名所を巡る電車旅だった。
確かに名所の多くは電車でも巡れるものの、出来るだけ多くの国宝を巡ろうとすれば、やはり車でのドライブ旅となる。
この旅では、土曜の夕方に東京から奈良へと移動し、そのまま奈良市で一泊。そして夜の奈良公園と早朝の奈良公園を楽しむことから始まった。
しかし夜の奈良公園は怖い。
なぜなら鹿が容赦なく近づいてくるからだ。
向こうは暗闇でもしっかり見えているのかもしれないが、こちらは外灯が無いとほぼ見えない。
暗闇の夜道を歩いてると横から急に鹿が登場してびっくり、ということになるわけだ。
とはいえ公園内にある、暗闇の中で光る興福寺の五重塔や奈良国立博物館、そして浮見堂などは見応えがあるし、日中とは違った一面を見ることが出来るだろう。
そして翌日。朝の春日大社の参拝からスタート。
春日大社の開門は6:30、参拝は7:00から。
朝に人があまり居ない中での参拝は心が洗われる。凛とした雰囲気のなか、ゆったりと参拝できた。
国宝である春日大社の本殿を堪能したあと、ここから国宝寺社巡りのタイムアタック開始。
奈良駅から電車に乗って大和八木駅へ移動し、そこから朝イチでレンタカー。
車で少し南下して、次の目的地である”橿原神宮”と”神武天皇御陵”へと向かう。
神武天皇といえば、日本国の初代天皇。
一昨年に即位された今上天皇が第126代なので、そこから2600年以上も前のこととされている。(あくまでも伝承による)
”神武東征”によってこの地、橿原に日本を建国したわけで、いわば日本の原点。
奈良観光の今年のキャッチコピーである「日本のはじまりの地」というわけだ。
(そういった意味では、一つ前のnoteの淡路島は「日本列島の始まりの地」と区別できるかもしれない)
とはいえ橿原神宮や神武天皇御陵が作られたのは明治時代で、建物としては比較的新しいのだが。
とはいえこうして令和を迎えたタイミングで、この地を訪れることには意義があるだろう。
橿原のあとは飛鳥へ。「飛鳥時代」というくらい、過去の日本においては中心地だった場所。
飛鳥寺は、蘇我馬子によって建てられた日本初の本格的な寺院であり、由緒ある寺院と言える。
残念ながら当時の建造物は鎌倉時代に焼失しており、現在の本堂は江戸時代に再建されたもの。それもあって重要文化財などの指定はないものの、聖徳太子が生まれた場所という石碑や、重要文化財指定である日本最古の仏像、「飛鳥大仏」があり、歴史を感じられる場所だ。
合わせてすぐ近くには、その飛鳥寺を建立した蘇我馬子の墓だと推測されている「石舞台古墳」がある。
子供の頃に愛読していた学研の日本史漫画で、蘇我馬子の孫である蘇我入鹿が暗殺されて蘇我氏が衰退するというシーンの描かれ方で、この石舞台が出てきたのだけれど、その記憶と蘇我入鹿の死が結び付きすぎて、中学生でしっかりと日本史を学ぶまで、蘇我入鹿は石舞台で殺されたものだと思っていた。
実際に目の前にある石舞台古墳を見ながらそのことを思い出した。
明日香村を後にして、ここからがレンタカーでしかたどり着けないルート。
室生寺と長谷寺、そして談山神社へと向かう。
この道は山道で、なかなかにドライブし甲斐があった。ちょうど秋めいてきたところだったこともあり、道には落ち葉があって、そんな中をくねくねした道路の運転をしていると、なかなかに気が休まらなかった。
まず辿り着いた談山神社は、重要文化財指定の本殿や拝殿、そして世界で唯一現存している木造の十三重塔が見所。
史実では中大兄皇子と藤原鎌足が大化の改新の談合を行ったとされており、それが“談山”の名前の由来だという。
紅葉が見所ということで、まだ早い時期だったけれどその素晴らしさの片りんは感じた。
談山神社を後にして車で山道を進み更に45分ほど。宇陀市にある室生寺に到着。ここは国宝だらけのお寺。
平安時代に建てられた五重塔 (国宝や重要文化財指定の五重塔では一番小さい)と金堂、平安時代に建てられた本堂といった建造物の国宝と、金堂などの中に鎮座する数々の国宝や重要文化財指定の仏像が見所。
仏像は写真を撮れないのが残念だが、仏像好きにはたまらない寺院の一つだった。
車で45分ほどかけて宇陀市から桜井市へと戻り、こちらも多くの国宝や重要文化財がある長谷寺へ。
関東だと長谷寺といえば鎌倉だが、関西ではここ、桜井。古くから枕草子や源氏物語といった古典作品にも登場していたりする。
長谷寺は“花の御寺”という別名があるほど四季折々の花花に彩られた場所だが、談山神社と同じく紅葉はまだこれからというところ。
国宝指定の本堂は江戸時代に再建されたものだが、その一つ前の再建は豊臣秀長によるものだとか。創建は奈良時代。
名物の一つは長い長い登廊(重要文化財指定)で、登りがい(笑)がある。
そして一番の名物、特別拝観期間に別料金を納めれば像の真下で拝観できて御足にも触れることができる”十一面観世音菩薩立像”がすごい。
ちょうどその期間だったので、特別拝観を申し込んだが、10mを越える、国宝・重要文化財指定の木造彫刻では最大サイズというだけあって、まさに圧巻。これも写真に撮れないのが惜しかった。
国宝巡りのドライブはまだまだこれから。その国宝巡りの合間に神社へ参拝。
辿り着いたのは、同じ桜井市内にある”大和國一之宮”である三輪明神。
大神神社 と書いて「おおみわじんじゃ」と読む。
三輪山を神体山としていて、いつ創建されたのか定かではないほど、日本で最も古い神社の一つで、良く酒屋さんや酒場の店先に吊るされている”杉玉”の発祥の地だったりする。
三輪山の多くを敷地としていることもあって、境内はかなりの大きさ。
今回は時間の関係で寄れなかったが、摂社である檜原神社は伊勢神宮の元となった元伊勢神社の中でも最初であったと言われていて、どれだけ歴史のある神社なのかが分かる。
旅はまだまだ続く・・・。と思っていたのだが、色々と時間を使い過ぎて、次の法隆寺にて時間切れとなってしまった。
当初の予定では法隆寺の後に約師事、唐招提寺、平城京と一気に回るつもりだったのだけれど、法隆寺に着いたらじっくりこのお寺を満喫したくなり、「電車ですぐに行ける場所だし次でいいか」と諦めてしまったのだ。
それもあって、法隆寺はじっくりと楽しむことが出来た。
法隆寺は言わずと知れた世界遺産にも選ばれている世界的にも有名なお寺で、1300年以上前に建てられた世界最古の木造建築群が今でも残っている。
その歴史から、18棟の国宝に55棟の重要文化財があり、法隆寺で目に見えるほとんどの建築物が世界的に貴重な建物というわけだ。
実はこの旅を計画する前に、私の地元では首里城が焼失してしまっていて、大いにショックを受けていた。
こうした事故というのはいつ起こるかわからないし、地震のような天災だってある。そう考えた時に、「いま法隆寺をしっかり見ておかないと一生後悔するのではないか」と居ても経っても居られず、実はこの旅の計画は生まれたのだ。
こうして無事に見物を終えた今でも、近々もう一度は少なくとも見に行きたいと思わされているわけで、正に「日本という国の宝」である法隆寺を、いつまでもしっかりと守って行って欲しいと強く思う。
そんな国宝ドライブ旅だった。