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帰省

入院している祖母が危篤になってしまったという連絡が入り、急遽佐賀に帰省していました。

去年、京都に引っ越すまでは実家に住まわせてもらっていたので、まるで少しも変わらないような草の色や風の匂いを感じていました。

祖母は米農家をしていました。作物や植物を育てるのが大好きな祖母の家の裏の畑は夏になると、スイカやナスやトマトやきゅうりがもりもりと成りました。私たち家族はありがたく、おばあちゃんの恵みをいただいていました。玄関には、たくさんのサボテンや多肉植物の鉢植えが並んでいました。
私が小さい頃、「将来、お百姓さんと結婚する!」と言ったら、すごく幸せそうに笑ってくれて、そのことは私が20歳になっても覚えていてくれました。

ベッドで横になる祖母の傍らで、母とそんな話をしていると、モニターに表示された心拍数が72,73,72,71と動いていました。

記憶上のおばあちゃんとは全く違う姿で、来る時を待っているようでした。
母が、「もう少し、頑張らんばね」と声を掛けると、おばあちゃんがものすごくしかめっ面をしたので、思わず母と顔を見合わせて少し笑いました。
数年前から、「こがん辛かなら、もう死んでよか」と言っていたからです。

意思疎通、コミュニケーションが取れるという幸せ

母は、もう頑張らなくてよかとよと声をかけて、それでも最後には、ばあちゃんまたねと手を振って、病室から出ました。


明日の新幹線で京都に帰ることになっていて、また日常が始まろうとしています。



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