白い泡
鏡の中には、ホテルの洗面台に手をついて、のけぞって尻を突き出している私が居る。後ろには私の腰を鷲掴みにしながら、激しく腰を打ちつけている隆が映っていた。
「鏡見てみろよ、いやらしい顔しやがって」
隆が私の尻をパーンと叩いた。別に痛くはない。そして特に気持ち良くもない。今日はAVっぽく俺様をやりたいの? 空気を読んであぁん! と大袈裟に喘ぎながらチラリと自分の顔を見る。へぇ、私挿れてる時こんなクシャクシャの顔してるんだ。変なの。なんで男ってこんな顔に興奮するんだろ。それより痩せたと思ったのは気のせいだったのか。たるんだ下腹が気になった。
「やだ...。鏡なんか見れないよ...。恥ずかしい」
途切れ途切れにそれっぽく言ってみた。鏡から顔を背け、息を吸って下腹を引っ込める。
「何が恥ずかしいだよ、グイグイ締め付けやがって。そんなに欲しかったのか俺のチ◯ポが!」彼のものが私の中で硬く大きくなった。
今日は随分ベタな事言うなぁと思っているうちに、尻に熱いものがぶっかけられたのを感じた。顔を上げて鏡を見る。隆が満足げに私の尻を見ていた。
私は一呼吸置いて、先シャワーするねと浴室に入りドアを閉めた。
隆には半年程前、駅から帰る途中の商店街で声を掛けられた。割に端正な顔立ちの今風の男の子。これってナンパ? なんでまたこんな地味なとこで? 普通にモテそうなのに? 興味がわいてその日は軽く飲みに行った。どうやら私より一回り以上年下なのらしい。とはいえ30代前半、社会人としてはぼちぼち一人前ってところか。彼女とケンカして、1人で飲んでたけど寂しくなっちゃってさ。お姉さん、タイプだったから。なんだそれ。そこから何約束するでもなく、隆がなんとなく会いたくなったら連絡が来て、私も気が向いたら会って、という関係が続いていた。
バスタブには、バブルバスで作った泡がまだ大量に残っていた。このままザブンと浸かっちゃおうか?いいよね、ラブホだし。1人なのをいいことに泡に飛び込む。ジャグジーのスイッチを入れるとまたブクブクと泡がわいてきた。フワフワの泡を掬ったり腕でポフポフしていると楽しくなってきた。家じゃこうはできないもんね〜。冷めてきた湯船に追い湯をすると、淵から泡が溢れた。浴室の床が泡だらけになっていくのを眺めた。何やってんだろな、私。
浴室を出てベッドに寝転がる。隆が浴室に向かうのを見ながら、煙草に火をつける。
ふーっと大きく煙を吐いて、天井を見つめた。長年付き合っている同い年の彼氏とはここ数年、添い寝はしていてもSEXは無い。元々お互い淡白なのもあり、それで特に問題なく仲良くやっている。こないだも、風邪ひかないようにとねだってもないのにカシミアのマフラーをプレゼントしてくれた。でも、このまま誰にも抱かれずただ一緒に年老いて行くだけなのかしらと思うと、諦めも抗う気持ちも煙で吐き出すくらいしか、できることは無いと思っていた。
「いや〜しかし今日もエロかったな〜。AVみたいで興奮したわ〜」
バスタオルを腰に巻きながら隆が浴室から出てきた。年下の男に欲情されるのは悪くなかったが、ただそれだけだと思った。私は次の煙草に火をつけながら「ところで例の彼女、あれからどうなった?」と話を振った。
いつも終わった後、隆は自分の事を話しだす。こないだは20代後半の彼女からじわじわ結婚を迫られ、それがストレスだけど別れて1人になるのもイヤなんだよなぁーと話していた。「それがさ〜聞いてよ。もう会う度に結婚結婚ってさぁ。先週も...」隆が話をしだしたが、あんまり頭に入って来なかった。隆はクズだなぁと思いつつ、過ぎ去った時間を、今歩んでいる彼女を想った。好きな男と結婚したいと全力で思えるなんて、なんていじらしいんだろう。
「でもさ、そんな風に全力でぶつかって来られるうちが花じゃない? 人を本気で好きになるって、気力も体力も要るしさ。心折れたらすぐには立ち直れないし。見込みもないのに全力で誰かを想い続けるなんて、そんな長くは心が持たないと思う、彼女」
そんなもんなのかねぇ、なんてどこか他人事みたいに言う隆にイラっとした。
「そんなもんだよ! それにさ、隆だって若いっちゃ若いけど、30超えたらぼちぼちおっさんじゃん。だんだん勃ちも悪くなってくだろうしさ、そんな男がなんでいつまでも全力で想ってもらえると思うの? 優しさ? お金? 他何かあんの? 」
つい強い口調になってしまってハッとした。
気まずい空気を感じてか「お姉さんは厳しいなぁ〜」茶化しながら隆は服を着替え始めた。
「今晩は冷えるね〜。じゃあまた」ホテルを出た次の交差点で解散した。0時を回ると氷点下近くになる。襟足に泡がついたままだったのか、濡れた髪が首元を冷やしていた。私は手に持っていたカシミアのマフラーを、髪の上からふわりと巻きつけた。
月刊ふみふみNo.16 テーマ「恋愛」掲載分
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