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<小説>救いようのないOLと海の話
週に一度、詩か小説を投稿しようと思います。とか言いつつ、第一弾のこれは書き下ろしでなく、他のサイトに随分前に投稿したものなんですけれども。よければお付き合いください。
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失って、初めて大事だったとわかる。
そんな馬鹿みたいに月並みな教訓を、私は理解したくなかった。
連休が終わるのは救いだ。明日からはまたオフィスでキーボードを叩けばいい。スーツと化粧は防具だ。会社は戦場だもの。別に誰かと敵対しているとか、パワハラにあっているとか、そういうわけじゃないのだけど。
私、本当は青々とした広い野原で、羊でも放して暮らしたかった。草の上に大の字に寝転んで、横に彼がやってくるのを待ちたかった。なんで、こんな窮屈な都会に自分を閉じ込めちゃったのかな。ここが、横浜が嫌いなわけじゃない、嫌いじゃないよ、でもね、これが一番幸せを得られる選択肢じゃなかったことは、身に染みてわかるの。
こういう、やりきれない時にはすることといえば、スマホのロックを外すことだ。
今、何してる?
QQを起動して、この文章を打っては消す。5回目。また。もう素直に送って仕舞えばいいじゃんか。そう思うの、本心では。
今、何してる? 私は、地元のビール祭りに来てるよ。赤レンガ倉庫、知っているでしょう? 来日したら、横浜に来たいって言っていたよね。お酒は飲める? 飲まなくても、ショーがあるよ。ドイツのお姉さんのディアンドルがひらひらするの綺麗だよ、ポテト美味しいよ、ねえ。
東シナ海なんて、なければよかったのにね。
国境なんか、いらなかったよね。ううん、せめて、お互いの政府が、親しければよかったのにね。そうしたら、あなたの来日でも私の訪中でも、誰も反対しなかったのにね。そちらの自然豊かな大地で、私は羊を飼いたかった。あれ? 羊飼いってモンゴルの人達だっけ? 私って馬鹿だね。
「ちょっとー、明美もっと飲みなよ!」
「あー、私、ポテト買ってくるわ」
「マジ? ムール貝もお願い」
スマホを持っていくと手がふさがる、そんな口実で、私は千円札一枚だけを持って、テントから出た。お祭り騒ぎ、人いきれのする道、こんな異国情緒あふれるところなんだから、気を利かせて私を外国に連れて行ってくれたらいいのに。
私を外国に連れて行って。来月お嫁さんをもらう、彼のところへ連れて行って。別れろとは言わないよ、どうしようもないことだもの、でも私辛いの、あなたとは友達だよ、でも、このままは、私辛いの。
私はとっくのむかしに、あなたを失っていたのだ。
波止場から汽笛の音がした。衝動的に駆け出した。人混みを縫う。何人もの肩にぶつかる。ごめんなさい。瑞穂もごめん、預かった千円札、指先からするりとどこかに行っちゃった。
「海のばかやろー!」
晴天の空は、水平線との境がなくて、ベイブリッジが威張るように向こうにあって、やっぱり偉そうな豪華客船が目の前にある。
私は叫んだ。酔っ払いだもの、クスクス笑えばいいじゃん、みんな。どうせここは第一希望の場所じゃない。
QQを消してしまおうと思った。彼との関係は、もう断つべきだ。さようなら、そう告げて。
さようなら、は、あなたの言葉で再见、直訳しちゃうと再び会いましょう--
「最初から、出会ってなんていなかったのにね」
ただうねる波を見ていた。舟にぶつかり白い泡になる海を、ジリジリ肌を焼く光に構わず、まんじりともせずに眺める、救いようのない酔っ払いの私。