我慢しなくていい
〈2023年10月某日火曜日〉
もうずいぶんと会っていない知人から連絡があり、天満で呑んでいるのだという。すんません、これから子を風呂に入れてめしつくって食わせて寝つかせなんで動けませんわ、連絡くださってありがとうございますと伝えると、急に大阪行きを思いついたから事前に連絡しなくてゴメンなとかえって相手に気を遣わせてしまい申し訳ない気持ちになった。
風呂の湯が溜まり、子に「ちょっと遅くなったから急いでお風呂入るで」と声をかける。子はスマフォのゲーム途中で返事をしない。「いまゲームがいいところなら、キリのいいとこでゲーム終わらせてや」と声をかける。だが子は返事をしない。風呂場に湯を止めに行ってバスタオルと子の風呂上がりの着替えを用意し、時間の猶予を与えてから、「なーそろそろスマフォ置いて服脱いでや?まだ晩ごはんつくってないから、お風呂上がってごはんつくってるときにゲーム続きしたらええやんか」と声をかけても返事をしない。
イラッときて「ええか、トット(私)は、さっきもう十年以上も会ってないお友だちから連絡があったんやけど、そのひとと会うのを諦めて、◯くんをお風呂に入れて◯くんのごはんをつくって◯くんに食べさせて、それから◯くんが寝るまで一緒にいるんやで!?頼むからお風呂くらいサッと入ってくれや、さっきからずいぶん待ったけど返事のひとつもないってどういうことなんや、トットはもう一年以上も夜にお出かけしないで◯くんをお風呂に入れてごはん食べさせて一緒に寝てるんやで。夜にひとりでお出かけしたのは2023年と2022年合わせても一回だけ、これは死んでしまった友だちのためや。今年に入ってからお友だちと会うためにお出かけしたのはお昼に一回。きみをお風呂に入れる、ごはんを食べさせるってそういうことや」と強い口調で言葉にしてしまう。
子と私は風呂に入った。風呂からあがり子の晩めしの用意をして食卓に並べた。子は晩ごはんを食べ始めた。私は「ちょっと休憩するから、ごはん食べててや」と子に声をかけた。
私は風呂場でタバコを吸っていた。紙巻きタバコを完全にやめて電子にしてからは家の中で最も換気の良い風呂場で窓を開けて吸っている。そこへ子がやってきた。「(ごはん中に立ったらあかんやん)」と喉まででかかったが、子は真剣な顔をしている。
「よおく考えたんやけど……トット出かけていいよ、行っていいよ、だってお友だちと十年も会ってないんやろ……?」と泣きそうな顔をしていた。ギョッとした。そんな風に考えるのか、と。そんなことを言わせてしまった、と。そしてもう二年半以上前の、保育園時代の自身の友人との別れを想いだしているのがありありとわかった。その子が越して行ったのは奈良だというのは強く覚えていて、いまでも「◯◯さんに会いたいな、奈良に行ったら会えるかな」とたまに口にする。
「そんなこと心配しなくてええねん、だって◯くんがひとりでうちにいて急に寂しくなったり怖くなったら困るやろ」「我慢するから。だって十年も会ってないんやろ?」「夜中にいきなり怪我したりお腹が痛くなったりしたらどうすんねん」「トット、◯くんはひとりでも大丈夫だからお出かけしていいよ、いい」。
いいからごはん食べとき、トットは我慢なんかしてへん、◯くんをひとりにするほうが心配や、と子に伝える。もう一本、タバコを吸って心を落ち着ける。その間にも子はまた私のところへ来て「ぼくは大丈夫、トットは我慢しなくていい。だって十年間やろ?」と伝えに来た。タバコを消し(電子タバコなのでスイッチを切り)、そして、子の前に座った。
「きみは、そういうことは、さっきみたいなことは、何も心配しなくてええんや。きみがそういう優しさを持ってることをトットは誇りに思う。だから、そういう優しさはきみの友だちに向けてあげるんやで」と私は言った。
児童の保護者になって以降、目が眩むほどの美しさを見ることがある。写真で撮れるものも写真には写らないものもある。言葉にできるものも言葉にできないものもある。