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「物語が始まる前」の物語だった

松本大洋『東京ヒゴロ』(小学館)1巻を読んだ。主人公は雑誌を廃刊させた責任をとって会社を辞めたマンガ編集者。彼はいちどはマンガから距離を置くつもりだったが、あることをきっかけにして退職金を元手に理想のマンガ雑誌をつくろうと動き始める。

出版界と漫画界を舞台にしているし、『月刊IKKI』誌('03〜'14)や『ヒバナ』誌('15〜'17)をどうしても彷彿とさせるけれど(奥付に編集協力として月刊IKKI誌の編集長だった江上英樹氏のクレジットがある)、この作品は実のところ同作者の『ピンポン』連載終了('97)から時が経って描き始めた、または描くことができるようになった、フォルムを変えた続編ではないのかな……。作者本人が意識しているかどうかは別にして。

『ピンポン』という作品の、何がどう特別だったかをひとことで言い表すと、あれは「物語が始まる前の」物語だった。卓球での勝利を目指してラストへ向けて収束してゆく情熱的なドラマなのにも関わらず、何かがこれから──物語の視点外で──始まっている予感と共に幕は閉じられる。プリクエル、いまどきの言葉でいうとエピソードZEROだった。作品タイトルがそれを表している。ピンポンは卓球の別名ping-pongではなく、何かがやってきて始まりを告げるドアチャイムのことだ。チャイムが鳴り主人公はドアを開けて物語は始まるが、『ピンポン』登場人物の多くは(そして私たちは)、その物語──『スター・ウォーズ』ならエピソード4──が始まる前に表舞台から退場した人々だ。

『東京ヒゴロ』は1巻の終盤に至ると主人公の編集者が自身の雑誌への描き手を探し始め、まさにこれから物語が動き出し始まってゆくという展開にも関わらず「物語が終わったあとの物語」、最初からエピローグとしての物語に感じる。だから舞台も人物も手法も違うのに続編のように感じるのかもしれない。

ヘッダ画像は松本大洋『東京ヒゴロ』(1) (ビッグコミックススペシャル/小学館/2021) Kindle版より
https://www.amazon.co.jp/dp/B09CD3298G/

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