『おれは鉄兵』
私のオールタイムベストのひとつ、ちばてつや『おれは鉄兵』がいまkindleで安価で、入手して再読してたわけですよ。やっぱりいいなあ……なんて。なお、オールタイムベストの他作品は、近年の長編の中から同傾向の作品だと、よしながふみ『フラワー・オブ・ライフ』や、ヤマシタトモコ『異国日記』が入っております。同傾向というのは、「優しくもシビアな視点を持った大人(作者)が、こんがらがっている少年期を舞台に、人生についての物語を紡ぐ」という括りね。あっ、ベストとは書いたけれど別にベストテンなんて書いちゃいないから十作品とは限らないぜ(鉄兵風)。長編とは書いた。短編だと藤子・F・不二雄と山岸凉子とで埋まっちゃうかもだ。SF落語とサイコホラーで。
『おれは鉄平』に話を戻すと、1巻を読み終えて、いいなあと堪能しつつも、同時に唖然ともしたのね。〈小学校へも行かずに、父親と二人きり山奥で埋蔵金を探し暮らしている野生児の少年・鉄兵がライバルと出会い、とある事件で山を降りざるを得なくなり、生まれて初めて持った竹刀で剣道の才能の片鱗を見せる〉。『おれは鉄平』の1巻って、こういう内容なのね。それが現代だと、たぶん、この1巻の要素丸ごと、最近のマンガだと1〜3話、下手したら「1話」に圧縮して入れちゃうのよ、きっと。当時の単行本1巻本編220ページ分を1話に。ジャンプ系なんかは特に。
例を挙げたら暗森透『ケントゥリア』(ジャンプ+)なんかだとわかりやすいかしら。あと田村隆平『COSMOS』(サンデーうぇぶり/『月刊サンデーGX』連載)も凄い速度感。藤本タツキ『チェンソーマン』の第1話なんかもすんごいですよね。
理由としては、コマやセリフの情報密度が高まっている、読者を引き込むための世界観やキャラクター紹介の「型」が洗練されている、読者の側に情報量の「受けとめかた」の姿勢が整っている、あたりかしら。それが良いとか悪いとかじゃなくて、時代は変わり表現は先鋭化してゆくものだということ。
オートバイなんかもね、特注部品の塊で数千万数億円もするレース用のワークスマシンではなく、二〇〇万円以下で一般に販売されているマシンが、サスペンションとタイヤのスライドをコンピュータがプロレーサー並に完璧な制御をしつつ、ふた昔前なら信じられないような速度で、サーキットじゃなくて荒れた路面の一般公道をバンクして走っていくのですよ。普通のひとがカメラで撮った近年のSS(スーパースポーツという「速い」バイクね)の走行動画をみると「えーっ、なんでこんなガッタガタの道でこんなフルバンクして加速してスリップダウンもしないでコケないの!?」と驚くもの。
『おれは鉄兵』、面白いですよ。すごく好きだ。痺れちゃうよ。