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こんな単純な気持ちすら

 たとえば〈ココナッツに穴をあけてストローを刺して飲む〉だとか、〈ボローニャソーセージを丸かじりする〉だとか、〈チーズケーキをホールのまま〉だとか、あとなんだ、子供の頃にやってみたかったけれど無理だった食べ方がいくつかあったのだ。

 実家を出て暮らし始めて調理器具やら食器やらが揃ったら自炊をしてゆくなかで、少しずつ少しずつ思い出しては「ああ、あれやってみたかったな、やってみるか」とひとつひとつ試してきた。アザラシの内蔵を抜いて中に海鳥をいれて地面に埋めるキビヤックはまあ無理だ。羊の内臓ミンチを羊の胃に詰めるハギスや牛の頭と足の煮込みハッシュは無理じゃあないが材料を揃えるのはなかなか手間だ。だから、あくまでも近所のスーパーマーケットや精肉鮮魚店で買える範疇である。〈生ハムをどっさりちぎって白めしに混ぜて食べる〉〈炒飯をつくるとき卵の黄身だけをつかう〉〈板カマボコを切らずに食う〉〈冷凍シーフードミックスをひと袋ぜんぶ使って一人前のカレーライスをつくる〉〈キスの天ぷらだけで天丼にする〉だとか、そういった、ちょっとした贅沢という類いではなく、些細ではあるが普段の炊事・食卓ではやらないやり方の。

 だが、この歳になってまだアンロックしていないものがあったとは。シンプル過ぎて見落としていた。山盛りのコーンを好きなだけ、コーンだけでつくる焼きそばである。
 子のめし用に冷凍コーンは常備しているが、実のところ、いまの私はそれほどコーンは好きではない。嫌いではないがあってもなくても気にならない存在ではある。高校生の頃に友人がアルバイトをしていたフードコートで焼きそばを頼むとバレない程度にコーンを大盛りにしてくれて嬉しかったな。

 さあ、やってみるか。コーンだけの焼きそばだ。

 うん、満足だ。結論からいうと、モヤシやキャベツや玉ねぎや豚コマを一緒に炒めたほうが確実にうまいだろう。でも、いちどやってみたかったのである。というのも、自分が子供の頃にやってみたかったことを完全に忘れていた出来事は、私に「もしかして自分が思っているよりも遥かに子の気持ちをわかっていないのではないか」と疑念を抱かせるのに充分であった。その疑念はレンジの中で弾け始めたポップコーンのように音を立て始め……などと書いてはみたがぜんぜん巧くないな。まあとにかく、コーンな単純な気持ちすら忘却の彼方だったかと自省があった。

 私のめしとしてはもうつくらないだろうけれど、だが、子に「いちどコーンだけ山盛りにした焼きそばつくってみる?」と問うたなら、即座に「うん!食べる!」と答えが返ってくるだろう。

〈了〉

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 下記には変わり種焼きそばをいくつか並べてみる。

 三つ葉焼きそば。名前のとおり三つ葉だけを具にした焼きそば。味付けは添付の粉ソースのみ。これがなかなかうまいんですよ。



 ホタルイカ焼きそば。ボイルしたのが売っているホタルイカの残りをオリーブオイルとニンニクで軽く炒める。味付けは和風出汁の塩焼きそばがよいと思う。ホタルイカと麺を別々に調理してのせる。



 ひき肉と一緒にだし醤油で炒めた麺に錦糸卵をのせてタヒン(調味料です)をふりかけた名状しがたい焼きそば。



 カップ焼きそばに湯を注ぐ前に冷凍あさりをのせておいたカップあさり焼きそば。手軽だけれどなかなかいい。




 生きくらげ、イカ、少しの合挽肉の焼きそば。まあ、見たままの味である。



 骨を抜いて塩胡椒で炒めた昨晩の残りの手羽先をのせた手羽先焼きそば。手羽先は炒める前にあらかじめ骨を抜いておけば、箸で食べられて楽である。



 具も味付けも最もシンプルな焼きそばの食べ方はどんなだろうと試行錯誤をした中のひとつ。味付けは韓国のアワビオイスターソースと醤油、具は白ネギだけのネギ焼きそば。




 前日の残りの白菜のうま煮とトンカツをのせた焼きそば。見た目より味が大事よ。



 フライパンにメンマをのせて何バカなことやってんだとお思いでしょうが、これは薦めたい。メンマ焼きそばである。

 子がラーメンを食べたがったときに買ったまま賞味期限が切れたメンマを処理したくて作ってみた。市販のメンマはだいたい味が濃すぎるので水に浸して塩っ気を抜いてから炒める。メンマの端が少し焦げるくらいがうまい。味付けはオイスターソースと醤油。前日に焼肉のタレで炒めた豚バラが残っていたので加えている。皿に盛ったあとブラックペッパーをゴリゴリとやる。このメンマ焼きそばは、レギュラーメニューにすることに決めた。


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