さよならのあいさつはだいじな時間です
休日はのことです。娘が、予定時刻になってもアルバイトから帰って来ませんでした。あとから理由を聞くと、利用者一人ひとりにお別れを言っていたら帰れなくて…と笑っていました。
バイトをあがるときのあいさつ
娘は、家の近所の高齢者デイサービスでアルバイトをしています。休日の早番は、利用者がたくさんいる時間にあがります。そのため、帰り際のあいさつが大変とのことです。
利用者一人ひとりに話しかけると大変なことになります。
「今度、いつ来るの?」「ご飯はまだ?」「あなたお名前は?」そんなやり取りが何人も続きます。また、そこで、用事を頼まれたりもします。いつまでたっても帰れません。
30年前の特別養護老人ホームの場合
私も専門学生だったころ、特別養護老人ホームでボランティアをさせてもらっていました。そのころの老人ホームは、作りが今とちがいます。個室はなく、一部屋には4~6人のお年寄りが生活をしていました。居室には、一人一台のベッドがあり、その横のキャビネットだけがプライベートスペースでした。また、周りはクリーム色のカーテンで仕切られていて、雰囲気は、病院の病室と同じでした。
私がボランティアを始めたころは、寮母さんの手伝いでした。当時は、支援者ではなく、「寮母」と呼ばれていました。私は、その日の担当寮母さんと一緒に入浴介助や、シーツ交換、清掃業務についていました。学校の紹介で始めたボランティアだったので、実習要素が強かったのだと思います。
「里孫」になる
やがて、老人ホームの方針で「里孫」という役割を与えられました。ご家族の面会がないお年寄りの、孫の代わりということです。
ホームからは、一人のおじいさんを紹介されました。そのおじいさんは、千葉からそのホームにやってきた方で、温和で体格がよく、がっしりとしていました。雰囲気は、象さんのようでした。ただ、無口だったので、私は、会話がはずまず、困っていました。しかし、私が来る日は、いつも大量のお菓子を買って待っていてくれました。
その老人ホームでは、定期的に売店が開かれました。おじいさんは、そこで私のためにお菓子を買ってくれていました。
「寮母さんにはないしょよ」
そのおじいちゃんとお話をしていると、他のお年寄りも声をかけてくれました。「ちょっと」と言いながら手招きをされるので、その方のあとについて行くと、「これ持って行きなさい」と言ってたくさんの食べ物をくれました。また、最後にこう言います。「寮母さんにはないしょよ」
私は、老人ホームのボランティアのあと、学校に行っていました。それを知ってか、帰りがけには、他のお年寄りからも食べ物をもらいました。中には、直接、ティッシュに包まれたお菓子もありました。また、私に食べ物をくれる人は必ず、こう言います。「寮母さんにはないしょよ」
しかし、寮母さんはお見通しで、「中には、いつのだかわからないお菓子もあるから気をつけてね。心配だったらここに置いて行っていいからね。」そんなやり取りがいつも交わされていました。まだゆるい時代でした。
さよならのあいさつは大事です
帰り際のあいさつはだいじです。私が、老人ホームに行くのは、一週間後です。その日はすぐに来ます。娘は、翌日もバイトです。すぐに会います。それでもその日その日のお別れは大切です。