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ハートをつなごう「ゲイ/レズビアン」

テーマは「同性愛」。――それは驚くようなことだったのだ、まだ、2008年当時では。

 NHK「ハートをつなごう」(2006~2011)は当初、セクシュアル・マイノリティについては性別不合(身体的性別特徴が自認性別と一致しない)のみを扱っていた。2008年2月、砂川秀樹氏と私に番組のディレクター氏からお声がかかり、JR新宿駅西口の喫茶店で三人で会った。それまでも同番組には「なぜ同性愛を扱わないのか」という声が寄せられていたそうなのだが、2007年12月に「カミングアウト・レターズ」刊行があって切り口が見えたのだと、そんなお話を聞いた。そして「ゲイ・レズビアン」回が制作されたのだった。テレビが市井で暮らす同性愛者のこころを真正面から扱った、その「転換期をまざまざと見せつけられる」事態に、心震える感覚があった。

おれには「宿願」でした 

 スタジオ収録、また VTR 出演では、多くの「カミングアウト・レターズ」執筆陣の皆様が参加してくださいました。

「カミングアウト・レターズ」著者の砂川秀樹氏、石田衣良氏、ソニン氏、桜井洋子氏
「はじめから私の答はひとつ」イトー・ターリ氏(左)、座談会の尾辻孝子氏
「朝原さんの高校でのこと」朝原恭章さん(左)、「ムーミン谷とマイノリティ」侑子さん
(ここにキャプチャ画像がないけれど、「ムーミン谷とマイノリティ」では春野先生も。)
「当事者であることを選ぶ、ということ」渡辺圭亮さん(左)と、その恩師であられる楠原彰先生
石田衣良氏とソニン氏による、往復書簡「母さん、あのとき泣いてたか」の朗読も
 

馬場英行さんの写真

 この原稿を書きかけて、しかし疲れてもいたので少し眠ろうかとベッド周りを整えていたら、馬場英行さんの写真が出て来た。ベッドの引き出しからそれは出て来たのである。ここずっと見ていなかったから、多分現在のアパートに越して来て以来、そんなところにあったのだ。――馬場英行さんとは「カミングアウト・レターズ」収録の親たちによる座談会「なにがあっても、わが子ですもの」でご参加いただいた馬場雅子さん馬場三郎さんのご子息で、2004年に38歳の若さで亡くなっていた。私はご生前の英行さんにお目にかかることが叶わなかったのだが、2007年2月に行なわれた座談会の日、ご尊父である三郎さんから英行さんの写真を頂戴したのだった。写真のなかで英行さんは非常に若くて、まだ学生のようにも見える。お久しぶりです、と声が出た。

 酔いが顔に出ているが、相変わらずハンサムだ。おそらく2杯目と思しきビールの中ジョッキを前にニコリともしていないが、双眸はまっすぐにカメラを捉えて、こちらの視線を外させてくれない。酔うと議論を始めるタイプだったの、英行さん? 本のために執筆者を探す日々、馬場英行さんの写真はずっと見守っていてくれたのだった。ご生前の英行さんはテレビにおけるゲイの扱いを変えようとしていた。もし本がテレビにおけるゲイの扱いを変えることに一役買ったなら、英行さんは喜んでくれているかもしれない――いや喜べばいい、あなたのご両親がしたことだ、これは。みんなでこれをやったんだ。

 英行さん。お父様があなたの写真をおれにくれたのは、あなたの分まで頑張れとおれに言いたかったんですよ、分かるでしょ。でもさ英行さん、おれ思うんだけど、あなたがやり残したことなんかないのさ。あなたはあなたの分を頑張ったし、おれもそうだよ。おれも久しぶりにビール飲みたくなったなあ。ジョッキがいいねえ。なんで記事を書こうとしたら出て来るんですか。乾杯してくれるんですか。違うなら言って。おれが考えることなんて、自分に都合のいいことばっかりなんだから。乾杯にはおれから出かけますから、そっちで気長に待っててください。そう、――ターリさんとも飲みたいなあ。あの物静かで穏やかな方と。ゆっくり話す時間もなかったんだ。


わたしが語り、あなたが応える

 この記事を書こうとしたら手元に本がなくて(何でも無くなるこの部屋は何なんだろう?)Amazon で電子書籍を購入して読み返していたのだけど、自分をたのんで委ねる、社会に/ヒトの叡智に信をおくということを本でやり――まさにカミングアウトがそういう営為であるわけだが、それをして――それに世間が応えるところを、どうしてもゲイが見るべきだと思っていた、そんな当時の切迫した気持ちを思い出していた。原稿がそろった編集会議で「この本は2回テレビで取り上げられる」と言ったのは自分の直感にすぎなくて、約束されていたことではない。結果そうなっただけだ。しかし無論直感とはそれまで堆積した経験からの感覚であり、無根拠なのではなかった。原稿に力があった。心を捉えてやまない何かがあった。原稿がそろったときに、それが編者に分かったというだけだ。

 心を開き、まっすぐに届けること。その大切さと力強さを、人々は見た。――そう、一度は。


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