『自分とか、ないから。』に学ぶ、自己決定の支援
私たちが高校生たちと向き合うとき、進路やキャリアの話題は避けられません。「将来の夢は?」と聞けば、明確な答えが返ってくることもありますが、「正直わかりません」「自分が何をしたいのかわからない」と苦しそうに答える生徒も少なくないでしょう。夢や目標を語れない彼らが、何か「足りない」のではなく、むしろ「探しすぎている」のかもしれないという視点が、『自分とか、ないから。』の著者、新明Pさんの言葉から見えてきます。仏教思想の「無我」という概念を通して、「本当の自分」を探し求める苦しみから解放する、柔軟で自然なキャリアのあり方を、高校生たちにどのように伝えられるでしょうか。
1.「本当の自分」は存在しない
本書の著者は、東洋哲学に触れる中で「本当の自分なんていない」という発想に出会いました。仏教の「無我」や「空」の教えによれば、私たちの「自分」というものは、様々な環境や経験に応じて変わり続ける存在であり、固定された「本当の自分」はそもそも幻想にすぎないとされています。こうした仏教的な視点を取り入れると、キャリアや進路選択に対する不安や迷いも、また違う光の下で見えてくるのです。
進路に悩む高校生たちが、時に「本当の自分がわからないから決められない」と言うのは珍しいことではありません。しかし、もし「自分はこういう性格だから」「本当はこうするべき」といった、限定的な自己イメージに囚われることを少し緩めてみることができたなら、今この瞬間の興味や関心に向き合い、迷いの中にあってもその一歩を試してみる自由が生まれるかもしれません。
2.キャリア選択における「無我」の自己決定
「自分がわからない」「本当の自分に合う道が見つからない」と悩む高校生に対し、私たちができるサポートは、固定観念に縛られず柔軟に考えるための視点を示すことです。仏教思想の「無我」の考え方は、まさに「本当の自分」に固執する必要はなく、その時々で変わり続ける自分を認めて生きることの大切さを教えています。この視点からすれば、キャリア選択とは「自己を確立するための正しい道を選ぶこと」ではなく、「その時の状況や環境に応じて柔軟に選び続けるプロセス」に過ぎません。
進路に迷っている生徒が「自分に向いている道」を探し続けることで、かえって一歩を踏み出せなくなることがあります。こうした状況に対して、私たちが投げかけられる言葉は「一度で完璧な道を見つけなくていいよ」というものかもしれません。「これが自分にとっての唯一の道だ」と強く思い込む必要はなく、変化し続ける自分や興味に沿ってその都度最善の選択をしていけば良いのです。たとえ進んだ道が「少し違う」と感じたなら、そこからまた次の選択をしていけばいいのです。
3.変幻自在な「プロティアン・キャリア」
そして、こうした柔軟性の視点と深く関連するのが「プロティアン・キャリア」というキャリアのあり方です。1970年代に心理学者のダグラス・ホールが提唱したこの概念は、急速に変わる現代社会において、個人が自らの価値観と環境の変化に応じてキャリアを柔軟に適応・変化させていくことの重要性を説いています。プロティアンとは「変幻自在」という意味を持ち、ギリシャ神話に登場する変身の神「プロテウス」に由来します。
こうした姿勢は、仏教的な「無我」の考えと共鳴するものであり、「本当の自分を見つけるための一つの道」ではなく、「変化する自分に応じてさまざまな経験を選び取っていく姿勢」が重視されます。
プロティアン・キャリアは、固定されたキャリアプランに囚われず、状況に応じて方向転換することを肯定します。こうした考え方は、将来の「正解」を見つけることに悩む高校生にとって、自分を縛らず選択を続けるための助けになるでしょう。
4.「変わり続ける自己決定」の勧め
私たちが高校生の進路選択を支援する際に目指すべきは、彼らが「変わり続ける自分」を肯定し、その時々で「最善」と感じる道を柔軟に選び続けることができるようにすることです。『自分とか、ないから。』のメッセージは、「今、この瞬間の選択に集中することで、将来の不安から解放される」という考え方を示しています。キャリアの選択に関しても、彼らに一度の選択で全てが決まるわけではないと伝え、選択を重ねる自由とその先にある成長に目を向けさせることができます。
彼らが人生の中で何度でも自分の方向を変え、選び直していけるのだという安心感を持てるよう支援していきたいものです。「失敗したくない」「間違いたくない」と思う高校生には、まずは一歩踏み出すことの価値、そして選択をやり直すことができる柔軟なキャリア観を、共に考えながら伝えていきましょう。