【MLB】解説者の不祥事に潜む米国の言語観とは?
先日、元メジャーリーガーでMLB解説者のJack Morris氏がアジア系の発音を揶揄したとして、謹慎処分を受けました。また、今年2月には当時マリナーズCEOのKevin Mather氏が言語差別発言により辞任しました。これらの不祥事はもちろん日本だけでなく、米メディアでも大きな批判を受けました。
これらの発言は、個人の失言として片付けるべきではありません。両氏の発言には何らかの社会的背景があり、その根幹へのアプローチこそが問題の解決であると思われます。
本稿ではこれらの不祥事の背後に潜む米国の言語観にアプローチし、今後どのような動きが求められるのか考察していきたいと思います。
米メディアはメジャーリーガーの英語力をどのように見ているのか?
現在のMLBにはラテンアメリカ系の選手が多く、全体の約30%を占めています。これまで各球団はそのようなプロスペクト達に対し、英語教育を重視してきました。
長年マイナー選手に英語を教えてきたNadal氏はLA Timesの取材に対し「MLBでの成功と英語能力の間には相関関係がある」と話しており、その重要性を訴えています。
今年学術誌に投稿されたPatrick and Nicholas(2021)は、ラテンアメリカ系メジャーリーガーの英語能力について触れた全てのメディア記事を分析しました。その結果、米メディアの言語観について、以下三点の主題があると述べています。
1. 英語を話すことはMLBで成功するために重要な要素だ
2. 英語はアメリカの生活に順応するために必要だ
3. 英語を含むバイリンガルになることで、選手自身のモチベーション向上につながる
このようにMorris、Mather両氏の失言の基盤には「英語能力がMLBでのパフォーマンスにつながる」という米社会のビリーフが潜んでいると考えられます。
変化するMLBの言語観
応用言語学の分野では、様々な言語的背景を持った人物が相互理解するために、一方通行ではなく、双方向的なアプローチが必要であると考えられています。近年になり、MLBでもこうした双方向の言語教育の動きが見られるようになりました。
2019年、ワシントン・ポストがスペイン語を学習するBrian Dozier(元WSH)の取り組みを紹介し、英語母語話者の選手がスペイン語を学習する動きがようやく始まったと述べています。
Dozierは大学でスペイン語を学習していましたが、マイナー時代に訪れた中米の街でうまくコミュニケーションが取れず、非常に不自由を感じました。この経験から、アメリカでプレーする外国人選手にはこのような思いをして欲しくないと、スペイン語を継続して学習しているそうです。
このように英語話者がスペイン語を学習する動きは、球団レベルでも行われるようになりました。例えば、インディアンスは英語話者に対しスプリングトレーニング中にスペイン語学習を義務付けたほか、多くの球団が希望者にスペイン語教室を開催するなど、スペイン語教育を重視する動きが見られます。
マーリンズのスペイン語教育
特にスペイン語教育に力を注いでいるのがマイアミ・マーリンズです。マーリンズCEOのDerek Jeterは現役時代からスペイン語を学習しており、CEOとなってからもマイアミの多様化、ラテン系選手に快適な空間を作ることを目標としてきました。その軸となっているのがやはり英語話者に対するスペイン語教育です。
マーリンズではラテン系選手が英語を学ぶ間、英語話者の選手はスペイン語を学びます。その動きはスペイン語教育は選手だけでなく、コーチ、フロント、分析部門まで広がっています。
こうした言語教育について、自身もバイリンガルであるMiguel Rojas (MIA) はFox Sportsの取材に対し「スペイン語を学ぶことが、英語話者にとってMLBでの成功の手助けとなる」と話しました。「英語能力がMLBでのパフォーマンスにつながる」といったこれまでの言語観が大きく変わり始めていると言えます。
おわりに
個人的に、このような外国人選手の母語を学ぶ動きは、MLB のみならずNPBでも発生していいのではと考えます。近年は各球団のラインナップに必ず外国人選手の名前が並ぶようになり、また長く日本に在籍する選手も増えてきました。こうした中で、彼らに日本への順応を求めるばかりではなく、我々日本人も彼らに順応する努力が必要であるように感じます。
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