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自動FAについて考える-日米FA制度の比較を通じて

はじめに

2005年8月に提出された日本プロ野球構造改革案において、初めて自動FAの議論が公式なものとなりました。自動FAとは、FA宣言制度を廃止し、一定期間の選手登録を経た選手に対し自動的にFA状態が付与されることです(日本プロ野球選手会 2005)

2024年2月に発行されたNumberのインタビューで、現プロ野球選手会長の會澤翼「個人的には反対かな」という見解を示しました。戦力になりうるか当落線上にある選手がFAを取得したことがきっかけでクビになってしまう、いわゆる「セルフ戦力外」の懸念があるためです

自動FAがNPBの議題に挙がってから20年近くの年月が経っていますが、その議論は先述のように未だ平行線にあります。そこで本稿では、日米のFA制度の違いを文化面から論じたMurata (2019)を参考に、自動FAの問題点について考察します。



1. なぜスポーツに勢力均衡が必要なのか?


Murataによれば、MLBにおけるFA制度の目的は主に
 ①選手が移籍する上での障壁撤廃
 ②戦力均衡

という二つの大きな目的があります。一方、NPBでは戦力を均衡させるという役割が極めて小さいと述べています。したがって、そもそもの制度上の役割が違うために、MLBの制度をそのままNPBで適用するのは危険ではと考えます。

そもそも、どうしてプロスポーツでは各チーム戦力を均衡させる必要があるのでしょうか。市場経済と同じように、競争を活発化させることでリーグのレベル向上につながるのでは?という意見も少なくありません。

その答えは、以下の通りです。もし、プロリーグのあるチームで低迷が続き、収益が悪化すれば、当然事業の撤退を模索します。仮に撤退することになれば、リーグ内のチーム数が減少し、観客数の減少などからリーグ全体の衰退につながるでしょう。したがって、勢力を均衡させなければ、中長期的にリーグ全体の市場規模縮小につながり、各チームに悪影響を及ぼすからです。このように、プロスポーツの経営は同業者と競争をしながら、一方で協力関係にあるという、特異な体制にあると言えます。

2. 日米FA制度の違い


MLBにおけるFA制度は1976年から、NPBにおいては1993年から施行され、これまでに両国で多くの選手がこの制度を利用しています。以下の表1, 2は、MLBとNPBの各球団がFA制度を通じて各球団が獲得した選手の数(残留含む)です。

(表1)MLB40人ロスターのうちFAで獲得した選手数(2024年7月1日時点、国際FA含む)(N=396)
(表2)NPBで1993-2023年にかけてFA市場から獲得した選手数(残留含む)(N=196)

MLB各球団が獲得したFA選手数の標準偏差(SD)は4.66である一方、NPBでは12.24です。標準偏差は、数値が大きい方が標本にバラつきがあることを示す指数ですので、NPBの選手獲得数に偏りがあるのは明白かと思います(本来、分散を出すにはより多くの標本数が必要ですが、本稿ではご容赦ください)。結論として、MLBでは全球団が一定数のFA選手を獲得できている一方、NPBでは金銭的に余裕のある球団にFA選手が集まっていると言えます。このようにMLB各球団がFA制度を通じて多くの選手を獲得できているのは、ご存じのようにサラリーキャップなど様々な戦力均衡策が講じられているからです。

3. 考察:自動FAが抱える真の課題


前章で示したように、日本のFA制度における大きな問題点は、戦力格差拡大につながっている点です。もしこのまま自動FA制度を導入した際には、富のある球団に選手が集中する現象が加速し、その格差はより拡大するでしょう。

したがって自動FA制度の導入のためには、サラリーキャップ等思い切った戦力均衡策が必要であると考えられます。

もっとも、独立した取締役会を持つMLBとは異なり、NPBにおける意思決定はオーナー会議にて行われます。そのため、自球団に不利に働くような戦力均衡策の採択には時間を要するでしょう。したがって、自動FAのみならず、このような制度上の問題を中立に解決するためには、NPBが主権を持ち、公正にリーグ運営を行う組織が必要なのではと考えます。

おわりに:Murata (2020)を読んで

本稿の基礎となったMurata (2020)は、認知バイアスの観点からNPBとMLBの差異を考察している論文です。選手個人の権利として語られることの多いFA制度の議論において、マクロ的観点から戦力均衡という新しい論点を示した意義は大きいと感じました。ちなみに、著者の村田厚生先生の専門は工学なのですが、大変お好きなのか、時々野球に関連する論文も書かれています。

一応レビューということで、僭越ながら批判的考察をしました。

  1. NPBにおけるFA戦士が活躍しないという言説が述べられていたが、根拠に乏しいこと

  2. 認知バイアスとNPBにおけるFA戦士の低パフォーマンスに関して述べられていたが、因果関係を示す記述がもう少し欲しい

  3. 日米FA制度の比較において、米国におけるFA制度利用数が調査されていない(というか、数が多すぎて調査に多大な時間を要する)

今後、どこかで研究のヒントになれば幸いです。

参考文献
Murata, A. (2020). Cross-Cultural Difference of Free Agency (FA) System Between MLB and NPB (Nippon Professional Baseball). In: Goossens, R., Murata, A. (eds) Advances in Social and Occupational Ergonomics. AHFE 2019. Advances in Intelligent Systems and Computing, vol 970. Springer, Cham. https://doi.org/10.1007/978-3-030-20145-6_56

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