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Episode4『光の戦士』

今年1年間で、間違いなく1番たくさんデートしたと言える男性がいる。
彼とは時に釣りをしたり、釣った魚を調理したり、木を切って家具をDIYしたり、お裁縫やアクセサリー作りもした。山に木の実を取りに行ったりもしたな。
野を超え山を越え海を越え砂漠を超えて、本当に沢山のところをへ行き、沢山のものを見、沢山の人々との出会いと別れを繰り返し、時には命の危機にさらされるような大冒険もした。

だけど、俺は彼の顔も知らない。

Episode4『光の戦士』

彼と出会ったのはオンラインゲーム『ファイナルファンタジー14』の世界。
剣と魔法のこの世界では、現在100万人以上ものプレイヤーが日々世界を救うための冒険をしている。そんなにいたら一瞬で救えそうだがそこはまあゲームなので野暮なことは言わないでほしい。
ちなみに、プレイヤーひとりひとりが操作するキャラクター、すなわち自分の分身を、光の戦士、通称「ヒカセン」と呼ぶ。

彼とは元々Twitterの相互フォロワーだったのだが、お互い同じゲームをやっていることがわかり、画面の中で会うことになったのだ。
この世界には様々な種族が住んでおり、一般的な人間の姿をした俺のヒカセン(超イケメン)に対して、彼は3分の1程度の大きさである小人族。めちゃくちゃ可愛い。

しかし小さな体に似つかわしくなく、彼の職業は敵の攻撃を一手に引き受けて味方を守る『戦士』で、最前線で怪我も多い1番危険な役回りだ。
対して俺の職業『学者』は魔法で仲間の怪我を治したりバリアを張ったりするのが仕事で、戦う力は弱く、みんなに守られながら1番安全な後方にいることが多い。

戦場における俺たちの相性はバッチリだった。
小さな身体で勇猛果敢にモンスターの群れに突撃し、俺が狙われれば身を呈して守ってくれる彼の傷を、俺は必死に癒し続けた。
他の仲間たちがどれほど傷ついていようと、倒れていようと、俺はいつも最優先で彼の回復を行なった。
俺にとっていつしかこの世界に存在するヒカセンは、彼と俺の2人だけになった。それ以外はみんな脇役だ。

これを恋の熱情と呼ばずしてなんと呼ぶ。

初めは画面上の文字チャットで会話していたが、関係が親密になるにつれボイスチャットを使うように。
とても甘い声をしていて、それにも痺れてしまった。
だいたい週に5日、1回3時間程度の逢瀬が1年程続いている。プレイステーションの電源を入れればそこにはいつでも彼が俺を待っている。あまりにもいつも待っていてくれるので、「こいつ仕事してんのか…?」という疑問もなくはないが、彼と話していると心底安らかな気持ちになり、現実世界に彼氏なんか必要ない気すらしてくる。

このゲームの世界では戦い以外にも先に書いたような、釣りや工作や料理など様々なアクティビティがあり、デートスポットは枚挙に暇がない。
先日はついに2人で住むための一軒家を購入してしまった。
俺は新妻よろしく自宅のインテリアをコーディネートするのに血眼になってる。必要な家具は彼がノコギリを使って自作してくれる。まさに愛の巣。

しかしここで問題がある。そう、何百年もの間、世の女性たちの多くを悩ませてきたアレだ。
「ねえ、わたし達、いつ結婚するの?」

一軒家まで購入して一緒に暮らしているのだ。乙女心を持った者なら誰でも結婚の2文字が目の前をチラつく。
ファイナルファンタジーの世界は俺たちの住む日本という国よりも、はるかにジェンダーや差別に対するリテラシーが高く、同性婚も可能だ。
数時間サーバーを借り切って、他のヒカセン達を呼び、豪奢な教会で盛大な結婚式をあげることができる。

俺が生きている間にこの国で同性婚ができるようになるかどうかはわからないし、ていうかまあそもそも相手がいないが、とにかく一度ゲームの中でもいいから結婚して、式を挙げてみたい。
これまで散々友人達の結婚式で「どうせ回収できないのに…」と思いながら、負のオーラをまといまくったご祝儀袋を渡してきたのだ。それぐらい許してほしい。

ところで冗談みたいな話だが、オンラインゲームの世界で知り合ってその中で結婚し、後に本人同士も本当に結婚してしまったという夫婦を俺は知っている。
しかし考えてみればそれほどおかしなことでもなく、共通の趣味の世界で知り合って、オフ会で会ってくっつくなんて事は現代ではそう珍しい話ではないのだろう。
という事は俺と彼もあるいは、現実世界における運命の相手であるという可能性は否定できないのでは?
インターネットの普及で出会い系アプリやSNSで知り合って恋に落ちるのが当然になりつつあるのなら、俺たちが結ばれたとしてもそれは少しも不自然ではない。
ゲーマー同士の恋において、キャラクター間の結婚はもはや恋愛のプロセスのひとつたり得るのかもしれない。

ちなみに彼が住んでいるのは大阪。俺の住む東京からは約400キロの距離がある。
結ばれたとしても遠距離恋愛になる可能性が高い。
が、しかし俺たちにはプレステがある。ボタンひとつでいつでも会えるのだ。
もちろん結婚ともなれば、俺が向こうまで嫁いで行くというのもやぶさかではない。
今のうちに関西弁と、焼きそばを入れないタイプの、大阪風のお好み焼きの作り方を覚えておこうか。なんでやねん。

未来の夫の顔を、俺はまだ知らない。

(先だって、このゲームを通じた父と息子の交流を描いた素晴らしいドラマ・映画『FINAL FANTASY XIV 光のお父さん』の原作者であり、ご自身も光の戦士の一員であったマイディーさんが長い闘病の末、亡くなられた。病苦から解放された彼の魂がどうか安らかに、何物にも煩わされる事なく、天国で思いっきりゲームが楽しめていることを祈ります)

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