【ホラー小説】グランドオーナリ『第1話』応募要項
【あらすじ】
【注意事項】
※ある程度の残酷描写は予定しておりますが、過度な残虐描写、性描写などはありません。
※動物は今のところ出番があるか未定ですが、動物が酷い目に合う描写は断固としてありません。
※この物語内に登場する人物や団体名、そして奥那璃村という村などは全てフィクションです。
【エピソード一覧】
『プロローグ』バスの中で
『第1話』応募要項
『第2話』ルール
『第3話』グループ分け
『第4話』自己紹介
『第5話』コーヒー
【前回のエピソード】
【本編『第1話』応募要項】
***
【1週間前】
仕事のことを思い出すと、愚痴がまるで駄々を捏ねる子供のように延々と頭を駆け回る。
クソ親父が頭の中にいたら、この駆け回る騒がしい子供にドロップキックを喰らわせるだろう。
今でこそ気持ちは落ち着いたが、昔はデスノートでもあれば真っ先に親父の名前を書いてやろうかと思っていた。
親父への憎しみは薄れても、現状のストレス原因は会社の幹部連中だけども。
ダメだ、せっかく来週から長期休暇で嫌なことを忘れようと思っていたのに、思い出したらまたストレスが。
こんな精神状態のまま生活していたらやばいよな。
やっぱり転職するしかないか。
とにかく気持ちを切り替えて、早く何か見つからないかなとスマホをスクロールする。
ややあってから、あるインスタの広告が流れてきて思わず目が止まった。
そんな文言が載っているアカウントだった。
投稿されているコテージなどの施設の写真はとても綺麗で、まるで海外ドラマに出てくるような豪邸にすら見えた。
「サブスク全部切って、映画館に行く回数を減らせば行けるかなぁ。いや、映画館は減らせないな」
そんな独り言が漏れつつ、アカウントの投稿を引き続き見てみると、正方形の画像いっぱいに
【!!無料招待!!】
と書かれた投稿が目に入る。
「マジかよ」
思わず大きめの独り言が出てしまった。
無料招待ってだけでも驚いたが、よりにもよって30名!?しかも7日間って一週間まるまる泊まれるってことかよ。
釣りは興味ないけど、ストリートコートがあるならバスケができるし、外用のバッシュを持っていこうか。
日本のバスケ人口は多いって聞くけど、ストリートコートは圧倒的に少ない。
土地やいろいろな問題があるんだろうが、気軽にバスケを楽しめる場所がもう少し多ければなと、そう思っているバスケ好きは私だけじゃないはずだ。
図書館もそこまで大きくはないようだが、画像で見る限り木造の綺麗な造りをしている。
最近は映画好きから派生して原作本にも手を出すようになり、気がつけば原作本以外の小説も色々と読むようになった。
バスケやって、温泉入って、その後はゆっくりと読書っていうのも悪くない…いや、かなり最高だな。
それにしてもキャンプファイアーに肝試しって、少年自然の家か何かかよって。
中学、いや小学校の頃だったか。
肝試しなんてユーモアのつもりで書いた文言だろうが、なんとなく懐かしい気持ちになる。
改めてこのアカウントのフォロワー数を確認してみた。
フォロワー112人・フォロー0人。
投稿されている日付からして、アカウントを作ったばかりだろう。
これだけの施設でフォロワーが100人程ということは、まだあまり知られていないのだろうか。
無料招待で募集していたのは30名。
締め切りも今日の24時までで、残り2時間だ。
心臓が静かに脈打つのが聞こえる。
もしかして私は、とんでもないチャンスを目の前にしているのではないか。
約100人のフォロワーで募集が30人。単純計算で3割の確率で受かる…わけではない。
インスタ以外のSNSでも募集しているかもしれないし、フォローしないと応募できないとは書いていない。
でも可能性が高いことは間違いない。
徐々に高まっていく興奮を抑えつつも、これはワンチャンあるかもしれないと思い、私はリンク先のページに飛んだ。
応募要項と注意事項が書かれただけの簡単なページだった。
てっきり施設の公式ホームページに飛ぶのかと思っていたから、素人でも1時間あれば作れそうなこの入力ホームには少々面食らった。
でも今の時代インスタなどのSNSは、ホームページの代わりとしてしっかり機能するようになっている。
これも時代の流れなんだなと思うことにした。
興奮が落ち着いてきた辺りで、私は応募要項にざっと目を通してみる。
「マジかよ」
今度は先ほどよりもテンション低めの独り言が出た。少し考えて、ため息が漏れる。
この無料招待とは、実際はインフルエンサーを集めて宣伝してもらうために企画されたプロモーションなんだろう。
結局のところお客さんに楽しんでもらいたいという善意ではなく、しょーもないインフルエンサー達に媚び諂うだけの生簀かない企画かもしれない。
リーチ数まで応募条件に入っているとは抜かりがないし、そこも気に食わない。
リーチ数というのは、簡単にいえば何人のユーザーが自分の投稿を見たかが分かる数字だ。
そしてこれはインスタをビジネスアカウントとして運営していないと表示されないから、自然と応募できるのは最低限インスタのビジネスアカウントを持っていることが条件になる。
インスタでは“リーチした人“という書き方もされているが、つまり数が多ければ多い程、広告収益が見込めると判断される。
偏見まみれの幹部連中は、
《インフルアンサーにとって命の次に大事な数字なんだろ?》
と言って笑っていた。
あながち間違いではないかもしれないが、経費削減で人件費削りまくりのお前らが笑える立場かと。
まずインフルアンサーってどんな間違いしてんだよ。
それだとインフルエンザに対するアンサーみたいな感じになるだろうが。
いや、インフルエンザに対するアンサーってなんだよ。
ふと、数年前にNetflixで観た強烈なドキュメンタリー『FIRE』を思い出した。
無人島にアーティストやモデルを呼び、インフルエンサーを中心に広告をバンバン打ち、とんでもない大イベントをやろうと企画する。
しかし、企画を立ち上げた人間がとんでもないやつで、準備の段階でグダグダの連続。
最終的に当日のイベントは、阿鼻叫喚の地獄絵図になってしまうという恐ろしいドキュメンタリーだった。
この企画は趣旨含め全然違うし、同じような悲劇にはならないだろうが、あのドキュメンタリーの印象が強すぎて、このような企画はあまり好感が持てなかった。
しばらくどうしようか考えていると、少し引っかかる部分があることに気付く。
インフルエンサーを集めたいのに、フォロワー500人以上というのは少し緩い基準ではないだろうか。
アクティブなアカウントであることとか、直近のリーチ数とか、即席で作ったアカウントでは応募できないようにはなっているみたいだが。
こういうのは最低でも1000人以上とか、それこそ宣伝効果を狙いたいのなら10000人以上とか、もっと必要だろう。
都心からは離れているけど、こんなに大きくて豪華な施設なのだから、それくらいの基準を設けてもいい気がする。
そもそもインフルエンサーに宣伝してもらうのが目的なら、応募なんかせずに旅行系の発信をしているインフルエンサーに直接DMでも送れば済む話ではないか。
引っかかる部分は他にもあった。
デジタルデトックスについては納得できる。
スマホが没収されるのも理解できる。
ここがそういうコンセプトで運営しているのだから、嫌ならこの募集要項を見た段階で応募を止めればいい。
私が引っかかったのはそこではなく、この要項が前述されていた要項と矛盾しているんじゃないかということだ。
今回のこの無料招待企画は、インフルエンサーを集めて施設を宣伝するためのプロモーションなのではないかと思った。
しかし、スマホを没収されてしまったら施設内の写真は撮れないし、ライブ配信もできない。
ということはつまり、宣伝するための“映え“が手元に何一つ無いまま、インフルエンサー達は帰宅するということになる。
いくら後日写真を送ると言われても、これでは宣伝効果としてイマイチじゃないだろうか。
私がここまで早口気味で気になる部分に口出ししたくなるのには理由がある。
私は広告代理店で働いているが、そこではSNSなどを使った広報なんかを担当することも多い。
大学時代に勉強したマーケティングの知識は役に立っているし、SNSも日頃から利用して慣れているから、仕事内容が難しいわけではない。
頭を駆け回る愚痴達の正体は、主に誹謗中傷やクレームへの対処と幹部連中だ。
こればっかりはいくらSNS慣れしていても、仕事仲間が良い奴でも、精神的なダメージは軽減されない。
常に炎上のリスクを考え、世の中のニーズを探り、コンセプト設定から始まり、キャッチコピーに予算、その他様々なものを作成していく。
そうやって時間を掛けて制作した企画が、幹部連中の無知で無慈悲な一言により一瞬でゴミ箱行き。
一刻も早くゴミ箱に投げられるべきなのはお前らなのに。
これならボロ雑巾のツンとした臭いと、誰かが流し忘れた糞の臭いと、それを包み込むようなシーブリーズの香りが融合して、混沌とした悪臭が充満していた中学時代のトイレ掃除のほうが100倍マシだ。
そんな毎日を過ごしてしまうと、日常で目にする企業のSNS、その他プロモーションが気になって仕方がない。
大好きな映画も、宣伝が的外れだったりポスターがダサいと一瞬で萎えてしまう。
これが職業病というやつなんだろう。
同時にこうやって仕事のストレスも思い出してしまう。
悪循環である。
ちょいと落ち着きましょう私。
いつもの考えすぎる悪い癖だ。
そう思いながら、一通り募集要項を確認し終えて、私は大きく深呼吸した。
どうせ下請けと依頼元との連携不足か何かで、こんなコンセプトと相性が悪い企画が通ってしまったんだろう。
そんなことは別に珍しいことじゃないし、豪華とはいえ、オープン前の田舎にある施設なら尚更想像がつく。
私は映画の感想を投稿しているインスタアカウントを持っている。
仕事でSNSを運営しているせいもあり、プライベートのアカウントもビジネスアカウントとして運用している。
上手くいけばYouTubeとかに繋げて収益化とかも考えていたが、2年程ダラダラ続けているだけで、何も進展は無い。
フォロワーと仲良くなったり色々と楽しいこともあるが、それよりも感想にケチ付けくるフォロワーの方がイライラする。
なんでフォローしてんだよ。
そんな奴ブロックすれば済む話だが、悪い人じゃないし、誹謗中傷されている訳でもない。
なんとなく上から目線で、ここの描写はこういう意味だったんですよ〜とか。
知るかボケ。
うん、ブロックしよう。
まぁ、なんやかやで続けてきたアカウントだったが、その甲斐あってか、フォロワーもリーチ数もギリギリ要件を満たしている。
それにプラス思考で考えれば、スマホを没収されてまで応募したいインフルエンサーなんて少数だろう。
実際に応募要項を読んで、やっぱり止めようと思う人も多いんじゃないだろうか。
奴らはスマホを自分の分身のように肌身離さず保持したい生き物だ。
きっと棺に入っても大事そうに胸の前で抱えて焼かれていく。
そんな哀れな人間は応募しないとなれば、私が受かる確率もグッと高くなるし、旅行先で不快になることもない。
おっと危ない、過去に一度仕事をした最低なインフルエンサーのせいで悪いイメージが。
これじゃ私も幹部連中と同じような偏見にまみれてしまう。
頭を切り替えようと一度立ち上がり、伸びをする。
なんだか気持ちが軽くなったような気がして、私はそのまま次のページに進んだ。
そこには施設での過ごし方などがいくつか載っていた。
「マジかよ」
本日三度目のマジかよには、不安と興奮が入り混じっていた。
本格的に高級な少年自然の家ってか。
写真を見る限り、寝室もベッドと小さなテーブルがあるくらいで、カプセルホテルを少し大きくしたような感じだ。
手狭だが、とにかく綺麗だし、クーラーも付いてる。
こんなに大きな施設なんだから、寝室なんて寝に帰るだけだよな。
私は大学と広告業界での地獄の日々のおかげで、多少のコミニケーションには自信がある。
仕事で会社の幹部連中にプレゼンするのに比べれば、他人と一週間過ごすことなんてなんの苦にもならない。
スマホを含むデジタル類は何もないし、自分を全く知らない人達と過ごしてみたほうが、むしろ自分をリセットするのに好都合かもしれない。
監視カメラもあってスタッフが常駐するなら、不審者の心配も大丈夫そうか。
恐らく男女混合なのだろうが、専属スタッフがいるみたいだし、何か不快なことがあれば報告して部屋を変わるなりなんなり対応してくれるだろう。
どうせ無料なんだし、最悪嫌なら帰ればいい。
いや、なんで私が帰らなきゃいけないんだ。
ヤバい奴がいたらそいつに帰ってもらえばいいじゃないか。
うん、そうだ、私が引き下がる必要なんてない。
今の私はこのゴミみたいな社会に疲れ切っているんだから、ゆっくり休ませてほしい。
そしてふと思う。
もしかして応募する人は、私みたいな気持ちを抱えてる人が多いかもしれないと。
そしてその人は500人以上のフォロワーがいて、ある程度アクティブだが、同時にSNSへの脱力感もある。
確かに赤の他人かもしれないが、打ち解けるのに時間はかからないかもしれないし、それに無理してコミュニケーション取る必要もないんだ。
こんな大自然に囲まれた豪華なキャンプ場なんだから、軽く世間話とかする程度で、あとはひたすらダラダラしてたっていいじゃないか。
当初の疑い深かった私はどこかに消えて、最早確信に近い気持ちで次のページに進んだ。
必要事項入力のページは至って普通だった。
名前、住所、電話番号、メールアドレス、無料招待だからクレカの入力もない。
時計を見ると、23時を過ぎていた。
これは運命かもしれない。まるで私のために企画されたようなイベントだ。
そう思いながらテキパキと入力し終えると、私は最後の“応募する“を迷わずタップした。
というメールが届いたのは、翌朝の7時だった。
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