『さよなら私のクラマー』は未完なのか?
始まりは1つのツイートだった。
新川直司作の漫画『さよなら私のクラマー』。
2016年に月刊少年マガジンでスタートした連載は2021年1月号で完結し、4月に単行本最終巻が発売された。
2021年6月現在、TVアニメ及び映画が放映されており、メディアミックス真っ最中での完結に驚きの声は多かった。
『さよなら私のクラマー』の唐突な終わり方に「打ち切り」や「作者がぶん投げた」と言う声もあった。
だけど僕はこの作品は描くべきことを描き切ったから終わったと思っている。
なのでその考えについて感想とともにちょっと描いてみたいと思った。
※以下、ネタバレを含むので未読の方はご注意を。
さよなら私のクラマーの世界
さよなら私のクラマーはサッカー漫画の中でも珍しく「女子サッカー」をテーマに描いた漫画である。
女子サッカーと言われて多くの人が思い浮かべるのは2011年のW杯優勝だろう。
東日本大震災で被災した日本を勇気づける女子日本代表“なでしこジャパン”は一躍時の人(チーム?)となった。
あれから10年。
女子サッカーを取り巻く環境は厳しくなる一方。
『さよなら私のクラマー』に登場する蕨青南高校女子サッカー部監督・深津吾朗は言う。
「純粋なプロクラブはいくつある?」
「いくら稼げる?」
「環境改善に協会は何をしてくれた?」
「『プロを目指せ』とガキ共に言えるか?」
「世界に通用するフットボーラーを育成する土壌はあるか?」
「女子サッカーに未来はあるのか?」
この言葉がこの作品が問うテーマであることは、女子サッカーの現状を知っている人であればすぐにわかったはずだ。
2011年の絶頂からの凋落。
そんな中でサッカー少女・恩田希は女子サッカー選手として歩み始める。
レジェンド・能見奈緒子の呪縛
本作は冒頭、日本女子サッカーのレジェンド・能見奈緒子のインタビューから始まる。
「私たちが負けてしまったら、日本女子サッカーが終わってしまう」
勝ち続けなければ注目されないマイナースポーツの悲哀がこもったこの言葉は、「女子サッカーを強くしなければならない」という呪縛になって、作品に登場する多くの女子フットボーラーを縛る。
蕨青南のライバル・浦和邦成の桐島千花は言う。
「力のある選手はたくさんの人の目に触れなくちゃならない。
もっと目立って盛り上げなくちゃいけない。
私達には女子サッカーの未来がかかっている」
興蓮館のエース・来栖未加は言う。
「観客いっぱいのスタジアムで試合をしてみたい。
そのためだったら広告塔にでもなんでもなってやる。」
恩田希の苦悩
そんな女子サッカーへの危機感を持ったライバル達に対して、
主人公・恩田希と蕨青南高校のメンバーは純粋に、勝つために、
情熱を持ってフットボールをプレーしていた。
ライバル達が見せる「女子サッカーの未来を背負う覚悟」に
恩田は苦悩する。
「のほほんとボールを蹴ってちゃいけないんじゃないかって思っちゃうの」
試合中は常にフットボールを楽しみ、勝つことを目指して戦う恩田希の姿勢は
間違っているのか?
読者の僕はこの恩田希の苦悩に作者の新川先生がどんな答えを出すのかを楽しみにしていた。
そして、この答えが描かれた時が物語の完結の時だと思っていた。
深津吾朗の再生
『さよなら私のクラマー』で僕がもう1人の主人公だと思っているのが、恩田希達を指導する蕨青南高校女子サッカー部監督の深津吾朗だ。
深津は将来を嘱望されたフットボーラーだったが、怪我のため引退。
指導者の道に進むも、監督をしたJFL(社会人のサッカーリーグ)のチームには
あまりに先進的なその起用法と戦術が受け入れられず解任された。
流れ着いた蕨青南高校でもモチベーションを喪った深津はまともな指導もせずにチームを放り出す。
それでもフットボールへの情熱は彼の中に燻っていた。
キャプテンの田勢恵梨子や、コーチの能見奈緒子、そして恩田達のフットボールへの真摯な姿勢が彼を動かし、試合中には選手を鼓舞し、戦術を授け、チームを勝利に導くようになる。
しかし、深津は指導者としての自分が受け入れられる自信がなく、本気になれなかった。責任を持って、普段から踏み込んで指導することができなかった。
終盤、女王・興蓮館高校をあと一歩まで追い詰めたものの敗戦した後、深津は能見に痛烈な言葉を突きつけられる。
「あなたは以前、私に”女子サッカーに未来はあるのか”と言ったわ。
私は即答出来なかった。
でも彼女達(=蕨青南の選手達)を見てきたこの4ヶ月、考えは変わった。
あの子達こそ日本女子サッカーの未来だ。
その未来をダメにするのは
無責任で無関心なあんた達だ」
この言葉が深津を変える。
「日本女子サッカーの未来」を守るために、深津はもう一度本気で指導者として歩み始める。
ゲーゲンプレスと言う先進的な戦術を恩田達に授ける。
JFLの時は先進的な戦術を授け、選手達の反発を受けた。
でも深津はもう一度、挑戦した。
恩田達はその挑戦に応え、ゲーゲンプレスをモノにする。
深津は言う。
「本当は今とは違う風景を夢見ていた。
だけどこういう風景も悪くない。
全然悪くない」
そして恩田に告げる。
「フットボールを存分に楽しめ 恩田希。
君はそのままでいい」
ちなみにこの恩田と深津はストーリーの前半でも全く同じやりとりをしている。
それでいてこの最後の深津の言葉は前半よりも重い。
この恩田への言葉の裏には「日本女子サッカーに結果が必要ならば俺が結果を出してやる。楽しんでプレーする恩田達を俺が勝利に導く。俺が責任を負う。だから選手達は楽しめばいい。」という決意がある。
深津吾朗の挫折と再生を描いた『さよなら私のクラマー』はサッカー指導者漫画としても珠玉の名作である。
恩田希が見つけた答え、そして完結
深津に「フットボールを楽しめ」と言われた恩田はラストシーンの円陣で
自分の見つけた答えをチームメイトに話す。
信頼する指導者の言葉。
自分ができることは何なのか。
そのために今、何をするのか。
女子サッカーの現状を知り、苦悩した恩田希が最後は笑顔でプレーする。
『さよなら私のクラマー』はそこで終わる。
「女子サッカーに未来はあるのか?」。
これを読んだ読者はみんな思うだろう。
「恩田希のようなフットボーラーがいるのなら”未来しかないんじゃないか”」と。
だから『さよなら私のクラマー』はそこで終わるのだ。
これ以上ない結末を持って。
『さよなら私のクラマー』の先に
では現実の日本女子サッカーの未来はどこにあるのか。
2011年のW杯優勝、ロンドン五輪での銀メダル。
その栄光は過去のものとなり、なでしこリーグの観客は激減した。
そんな中で日本に女子サッカーのプロリーグが発足する。
1993年。日本にJリーグが発足し、日本の男子サッカーはそこから25年余りで大きな飛躍を遂げた。
このWEリーグの発足こそが現実の日本女子サッカーの未来だ。
能見奈緒子が願った「女の子が当たり前のように楽しくサッカーができる環境」を
守るために、『さよなら私のクラマー』のファンとして、日本サッカーのサポーターとして僕はWEリーグを応援したいと思う。
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