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スヌーピーの言葉から考える「別れ」

最近出会って印象に残った言葉を紹介したい。
いつもは1000字以上の文章で、1つ1つの言葉の意味を丁寧に考えながら言語化している(つもり)だけど、今日はちょっと感じたままに。

そのある言葉っていうのが、

「I don't have time to worry about who doesn't like me. I'm too busy loving the people who love me.」

日本語訳すると、

「僕のことを好きじゃない誰かさんのことでくよくよしている暇なんてないのさ。僕は僕を大好きでいてくれる人を大好きでいるのに忙しいから」

かの有名なスヌーピーの言葉だ。
スヌーピーってほんとにいい言葉をたくさん残してくれている。

巷には「くるもの拒まず、去る者追わず」という言葉がある。それが大事だということはわかっていても、どうしても「去る者」に対して寂しさを感じる自分がずっといた。

人間にとって幼少期の経験が大きいと言われている。考え方、育った環境、経験等々、幼少期が今の土台となる。

だからきっと、「去る者」に対して寂しさを感じるのも幼少期の経験が関係していて。たしかに、ついこの前まで目の前にいた人と、突如離れ離れにならなきゃいけない経験を身近でした。

自分はあまり関与していないのに、勝手に決められた「別れ」。それは”存在しない”という意味での別れでもなく、”いるのに離れる”という意味での別れ。

大人になっていくにつれ、少しずつその原因というか理由というのはわかっていったのだが、当時何も知らない子どもの自分にとってはただただ泣きじゃくっていた記憶がある。

それからというもの、「もう誰も離れてほしくない」という感情を子どもながらに持ったのは事実だ。だから周りの期待に応える、そんな自分もいた。別にそれが苦じゃなかった。離れられる方が苦だったから。


大人になって、考え方が成長してきて、自分とも向き合うようになって、少しずつ「何を大切にするか」という部分は変わってきた気がする。

それでもやっぱり、突然に誰かが近くから離れていくのは寂しい。
そのたびにいろいろ考えてしまうことはある。

「何か出来たことがあるんじゃないか」

そんな時に、冒頭で紹介した言葉に出会った。

「僕のことを好きじゃない誰かさんのことでくよくよしている暇なんてないのさ。僕は僕を大好きでいてくれる人を大好きでいるのに忙しいから」

一見これは冷たい言葉のように受け取れるかもしれない。
でも実は、すごく前を向いている言葉でもあると思っていて。なんなら、「あんた中心に世界が回ってるわけじゃないからね」ってことを教えられている気がしていて。

自分が「この人を大切にしたい」「この人たちが好きだ」と思うのと同様に、他の誰かも「この人を大切にしたい」「この人たちが好きだ」というのがある。

思い思われ、の関係が理想ではあるけど、それを決めるのは当人同士。相手の意見までも自分が決めることは出来ない。

相手の人生に必要だったら来るし、必要じゃなかったら来ない。
だったら今必要としてくれている人を大切にする。これに尽きるんじゃないだろうか。


なんだかんだまだ1000字以上書いてしまった。

「いい言葉」って”正解を教えてくれる言葉”じゃなくて、”考えるきっかけを与えてくれる言葉”だと思ってる。

今回はスヌーピーからそんな「いい言葉」をいただいて1つの記事にまとめた。

noteの投稿に関して言えば、今読んでくださっている皆さんのことを大切にして、引き続き書いていきたいと思ってます。

いつもありがとうございます。

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塩浦良太
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