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”不安”が持つ二面性

今日はちょっと”不安”について考えてみたいと思う。

不安ってきっと多くの人が持ったことがあるはずだ。
わからない、もしかしたら「不安なんて一度ももったことがない」という強者もいるかもしれない。うらやましい。

でも不安って一概に悪いものとは言えないと思っていて。
むしろ不安があるからこそのメリットもある気がしている。
その一方でもちろんよくない部分もあると思っているが。

そこらへんについて思うことを、言語化してみたい。

まず根本的に、不安の原因ともなる一番の大きな要因は「自信のなさ」なんじゃないだろうか。

例えば、

リーダーが務まるか不安・・・、も自信のなさだし、
今日の発表うまくいくか不安・・・、も自信のなさ。
家の電気ちゃんと消して外に出たか不安・・・、も自信のなさだ。

自信があれば気にならないから不安な気持ちさえ抱かない。
でも自信って誰しもが最初から持っているものじゃなくて、それに性格によってもきっとバラバラで。

だから不安を抱く中でその不安が自分にとってどういった存在か、に目を向けたほうがいいんじゃないかって思った。


不安が導く「よくない部分」から考えていきたい。
それは”醜さ”だ。

不安で不安でしょうがないことがあると、
自分より深刻そうな人を見て安心する、みたいなことはないだろうか。
失敗している人を見て安心することはないだろか。
誰かのせいにしようとすることはないだろうか。

「だってあの人だって」
「あの人がこう言ってたから」

なんて誰かを引き合いに出して。

客観的にみると”醜い”。だけどいざ自分がその立場になるとそういう選択をとってしまう気持ちもわからなくはないぐらい、人間って弱さがあると思っていて。

でもこの”醜さ”では誰も得をしないということは頭に入れておきたい。

矛先を向けて相手はおそらく「自分」に対して不信感を覚えるだろうし、「自分」自身だってどこか罪悪感を抱えることになる。

それなら最初からそんな土俵立たないほうがいい。


ここで使いたいのが不安が導くもう1つの側面。
”準備確認”だ。

不安だから準備しよう、行動しようと思える人は強い。
そしてその準備確認の積み重ねがやがて自信につながる。

リーダーが務まるか不安だったら、
先輩のリーダーに話を聞いたり、リーダーの心得的なものをインプットしたり。それで実際活動しながら定期的にメンバーの声を聴いて、今の方向性が合っているか確認したり。

発表うまくいくかどうか不安だったら、
もう徹底的に練習をする。原稿をつくるとか、自分だけで何度もリハーサルをするとか、音声を録音するとか。

家の電気消したかどうか不安だったら、
不安にならないように、これでもか!ってくらい確認をしてから家を出るとか。

不安を解決してくれるのは自分自身でしかないのだから。

”醜さ””準備確認”

どちらも不安があることによって導かれる行動態度であるにも関わらず、これほどまで印象が正反対なのも面白い。

きっとこの違いは「”不安”の爆弾を誰が持っているか」で。

前者は爆弾を早く自分の手から手放したいということで、誰かを探して渡している。結果一緒になって爆発している。

後者は自分で爆弾処理をしようとしている。そして1度でも処理した経験が自信になる。



不安を抱くことは悪いことじゃない。
でも不安を抱いているのは自分自身。
その処理をできるのも自分自身。

そんなことを念頭に置きながらいろんな選択をしていきたい。

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塩浦良太
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