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強くなれる理由を知った。
昨日、テレビで『鬼滅の刃 無限列車編』が地上波初放送された。
映画で大人気だった昨年、あえてブームのものを遠ざけていたひねくれものの自分だったが、少しブームが去ってからアニメを見だし、完全にはまってしまった。
そして無限列車編も見たい!と思っていた矢先にテレビで放送されるということを知った。
こんなにも早くテレビで放送されるなんて、「よもやよもやだ。」
…言ってみたかっただけである。
自分で言うのもなんだけど、情に厚く涙もろい自分にとっては大号泣の作品だった。
何よりも煉獄さん。
純粋無垢で、真っすぐなブレない性格。そして折れない心。目の前の運命を受け入れ、その中で最善を尽くそうとする姿勢。そんな「アツさ」を持ちながら、冷静な状況判断や的確な指示、止血方法を炭治郎に教える優しさといった「クール」な部分も持ち合わせる。
まさに理想の人間だ。
そして何よりもどストレートな言葉。
無駄がなく、悪意もない。本当に心から出ている言葉。それが多くの人の胸を打つ。そして多くの人を巻き込んでいく。
「心を燃やせ」
煉獄さんの最後の言葉がものすごく刺さる。
興奮冷めやらぬ中、居ても立ってもいられなくなった自分はランニングシューズを履いて外に出た。時間にして夜の12時。
なんかジッとはしていられなかった。
約10㎞程先の目的地を目指して走り出した。颯爽と。いいペースで。
が、しかし。7㎞程走ったところでポツンポツンと雨が降り出した。そして雨雲レーダーを見るとこの先さらに雨が強くなる。
「ま、まずい。」
基本的に何かを諦めるのは嫌いな質である。なんだか自分の弱さに負けた気がして。だけど今回は引き返した。身の危険を感じたから。
引き返したという事実はかえられない。だけど解釈はかえられる。これは消極的な逃げではなく、積極的な逃げだったんだと。自分を守るための逃げだったんだと。
案の定、引き返し始めて少したってから土砂降りになった。あのまま目的地に向かって走っていたらと考えると恐ろしい。逃げる恥だが役に立つ。
土砂降りに打たれていることには変わりないのだが。
雨に打たれながら走っている中で、良くない癖なのだが達観した自分が出てきてしまった。
「あぁ、なんか人生に似てるなぁ」
何かに影響を受けて、刺激を受けて意気揚々と飛び出す。
序盤は順調に飛ばしているようにみえたが、途中で困難が降りかかる。目的にたどり着く前に引き返さなきゃいけないこともある。
必ずしも順風満帆に進まない。まさにこれまでの自分の人生に似てるな、って。この一筋縄ではいかない感じ。
でも止まない雨というのはなくて。
引き返す途中、数十分土砂降りに打たれたけど、ゴールである家に着くころには雨が止んでいた。そして今では次こそは、という気持ちになっている。
確かに1回目からたどり着けたら願ったり叶ったりなのかもしれない。だけどそんな都合のいい人生というのはない。
いろんな苦境に立たされて、困難が生じて、くじけたくなる時もある。
だけど諦めない限り、自分がまたスタートの一歩を踏み出す限り、挑戦権はいつでもやってくる。今回がダメだったというだけの話。
喜劇王のチャップリンは言う。
「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ。」
と。
目の前のことに一喜一憂したくなる気持ちもわかるし、気づいたら一喜一憂してしまう。
だけどそこで終わりじゃない。
この瞬間で見たら”失敗”に思えることも、”成功”するまで継続したらそれは”過程”になる。
そしてその”失敗”だと思っていた経験も喜劇に変わる。
諦めて立ち止まらない限り、私たちは強くなれる。
だからまた走り出す。
そして煉獄さんみたいな、アツく、そしてクールで、そして真っすぐな言葉で周囲を巻き込んでいける、そんな強さを身につけたい。
煉獄さんを見て強くなりたい理由を知った。
そしてこれまでの人生から、そして昨日のランニングから強くなれる理由を知った。
「強い」なんてめちゃくちゃ抽象的な言葉だ。
でも抽象的でも、イメージできていればそこを目指せる。そして煉獄さんが言語化してくれた。
もしたとえ一度止まったとしてもまた走り出せば、そこで止めなければその道は終わらない。
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