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タコの足にはご用心!

何歳だったか定かでないが、幼少期のとある休日の昼下がり。
両親の提案で、家から車で20分ほどの場所にあるスーパー銭湯に出かけることになった。それまでにも何度か家族で利用したことがあり、幼い私にとっては大きいお風呂というだけで楽しい場所であった。

まだ明るいうちから入るお風呂は気持ちが良い。サッと身体を洗い流し、広い湯船にゆっくりと浸かる。のぼせないうちに風呂場を後にすると、火照った身体を先ほど脱いだばかりの衣服で包み込んだ。
浴室から出た後は、事前に示し合わせていた通り休憩所で家族と合流。そのまま施設内の食事処で夕食を済ませることになった。

カウンターで注文し、渡された番号札を手に着席する。
私が頼んだのはたこ焼きである。粉物は大好きだ。
余談だが、たこ焼きの原価率はタコの大きさに(ほぼ)比例している。高校の文化祭でたこ焼き屋を出店した時にこのことを知り、なるべく材料費を抑えようと小さく刻んだタコ入りのたこ焼きを売ったところ、タコが小さすぎるとのクレームが来たことを覚えている。

番号が呼ばれ、急ぎ足でカウンターへ向かう。出来立てのたこ焼きを受け取り、テーブルに戻る。
各々の眼前に本日の夕飯が並んだ。いつもより早い時間、広い畳、上機嫌な笑顔。料理自体はありふれたものだが、非日常の雰囲気が子供心をワクワクさせた。

熱々のたこ焼きを、猫舌の私は必ず箸で割ってから食べる。切り分けたそれを口に運ぶと、素朴な味とソースの香りが広がった。うん、美味しい。モグモグと咀嚼し、飲み込んだ、その時だった。

喉に詰まった。タコが、でかい。

慌てて嚥下しようとしたが喉の奥で詰まる。吐き出そうと喉に力を込めたが動いてくれない。息ができない。苦しい。素早く両親に視線を送る。母は電話している。父はビールを飲んでいる。こりゃだめだ。死ぬかもしれない。何度も飲み込もうとするが、タコは頑として動かない。吐き出したいが出てこない。万事休す。苦しくて何も考えられなくなり、必死で喉の奥に手を突っ込んだ。懸命に指を伸ばしてタコを引っ掴み、ずるんと取り出した。
ああ、息ができる。助かった。涙目になりながら家族を見やると、みな夕飯に夢中でこちらのことなど全く気が付いていないようだった。

ねぇ知ってる?さっき死にかけたんだけど。そう心の中で呟いたが、当時からプライドが高かった私は言葉を飲み込んだ。無様な姿は見せたくないのだ。
目の前の皿には、先ほど体内から取り出したばかりのタコが乗っている。ぼんやり見つめていると勲章のように思えてきた。謎の達成感が静かに込み上げる。生きてて良かったな。そう思い、まだ温かさが残るたこ焼きをゆっくりと味わった。

タコの足には危険が潜む。コンセントに大量のプラグを挿すことは勿論ご法度だが、原価率の高いたこ焼きにも用心されたし。

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