読書メモ:「事業を創る人」の大研究(田中聡・中原淳, 2018)

今年の10月より新規事業開発室長という役割で仕事をしています。
実務として、企業内で新規事業が生まれる仕組みや文化について調べる必要が出てきたので、大学院時代にお世話になった田中先生と中原先生の書籍を読みました。
発売時にも読んだ記憶がありますが、実務上必要なタイミングで読み直すとまた新しい発見がありますね。

読んだ文献

「事業を創る人」の大研究(田中聡・中原淳, 2018)

要約

この本では、新規事業が「千三つ」と言われるほど成功が難しい理由を探り、これまでの「戦略論」では解決できなかった問題に「人と組織」の観点から調査をしています。
新規事業の成否は、斬新なアイデアよりも「巻き込み力」や組織内でのサポート体制が鍵であり、最大の障壁は組織にあると指摘しています。また、従来の出島モデルやゼロイチ信奉の危険性を論じ、データに基づいて「人」と「組織」による事業創造の実態を明らかにしています。
数多くの量的研究の結果に加えて、巻末には質的研究の結果もまとめられており、多面的に企業内の新規事業について考えることができる一冊です。

特に関心を持った箇所

新規事業への挑戦が減ってしまうことをいかに防止するか
それこそが、本書で紙幅を220ページ以上にわたって費やして論じることです。おそらくは、これに類する事例は、日本全国の会社において枚挙にいとまがないものと思われます。しかし、序章で述べるように、新規事業の敵は「組織の構造」にあります。そして、この組織の構造を変化させないことには、新規事業はなかなか奏功しないことが予想されるのです。

Kindle 版.p.7

新規事業がうまくいかない理由、それを「人と組織」という側面から見ていくと、ここまで論じてきたような全体像が得られます。これまで繰り返し述べてきたように、新規事業の成功を左右するのは「人」ですが、ここで言う「人」とは、新規事業担当者だけを指すものではありません。創る人にフィードバックやサポートをする経営・マネジメント層も含みます。さらに、創る人と新規事業が育つ土台となる組織のあり方も重要になります。本書では、新規事業担当者を「創る人」、新規事業担当者を支援する経営・マネジメント層を「支える人」、そして土台となる組織を「育てる組織」と呼びます。

Kindle 版.p.35

第1に、既存事業との関連を一切無視して新規事業を考えることはできないということです。ゼロからイチを生み出すという発想にとらわれ過ぎて、既存事業の持つ資産や能力を一切考慮しない新規事業の企画を考えがちですが、まず既存事業とのシナジーが発揮される領域から新規事業のドメインを考える必要があります。
第2に、個人的な発明や発見とは異なり、社内外のさまざまな利害関係主体を巻き込み、その資源を動員する組織的なプロセスであるということです。
第3に、アイデアの革新性や新規性ではなく、経済成果を生み出す活動であるということです。
つまり、新しいアイデアを生み出し、組織を巻き込んで市場に導入し、経済成果を生み出して、はじめて事業を創る活動であると言えるのです。

Kindle 版.p.42

新規事業の場合であれば、さらに第4章で詳述する創る人の経験を事前に予告しておく必要があります。仕事の変化だけではなく、自分を取り巻くあらゆる環境が予想以上に大きく変化すること、そして今の価値観や仕事に対する考え方や価値観、自分自身への期待といったパースペクティブがひっくり返ること。これまで経験したことがないような過酷な体験に身を置く中で経験するジレンマを予告することが、創る人の適応・安定につながります。すなわち、創る人に新規事業を任せる場合には、RJPとセットでジレンマの予告が必要なのです。これを私たちはRDP(現実的葛藤予告:Realistic Dilemma Preview)と名づけることにしました。

Kindle 版.p.115

そうであれば、いっそのこと、新規事業ではなく「育成事業」と呼び方を変えてしまったほうがよいかもしれません。
新規事業というと「画期的なアイデアを創出してこれまでの既存事業にはないものをつくり、組織に変革をもたらす事業」といったイメージが先行します。そのため、既得権益を持つ既存事業部門の抵抗勢力から反感を買ったり、まるでひとごとのようにあしらわれたりしがちです。
一方、育成事業というネーミングであれば、「今ある事業の仲間たちで新たに挑戦し、育てていく事業」といったイメージに変わるのではないでしょうか。「会社全体で育てていくもの」というメッセージが名前から伝われば、新規事業を成功させるために欠かせない、周囲からの適度なフィードバックやサポートも動員させやすくなるでしょう。

Kindle 版.p.182

自分にとっての学び

私はこれまでのキャリアで、合計約10年間、新規事業の担当者として仕事をしてきました。本書で取り上げられている落とし穴や葛藤には、私自身も経験から共感できる部分が多く、当時うまく新規事業を進められなかった苦い記憶が蘇りました。本書の特徴は、新規事業の成功を戦略論や事業開発論ではなく、組織論として一貫して論じている点にあります。今では新規事業開発を組織全体に関わるプロセスとして捉えられますが、経験が浅かった当時の私は、その構造が全く見えておらず、ひたすら「いかに良い事業アイデアを出すか」に執着していたように思います。
本書の後半では、新規事業を「育成事業」として捉え、組織全体で育てていくという提案がなされています。新規事業と既存事業を対比すると対立が生まれることが多いですが、「育成事業」として捉えることで、組織の未来のために必要な投資と見なされ、より理解されやすいと感じます。
私は事業開発を中心にキャリアを積んできましたが、大学院では人材開発と組織開発を学びました。本書は、それらの領域をつなぐ一冊であり、今このタイミングで読むことができて本当に良かったと感じています。

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