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曲線にひそむ影
COPANビルは、ブラジルを代表する建築家オスカー・ニーマイヤーが設計した。38階建て、高さ140メートル、1,160戸を擁する巨大集合住宅であり、1966年に完成した。若き日のニーマイヤーはこのビルに深い愛着を持ち、自身も一時期居住していたことが知られている。
彼の作品に特有の曲線美を活かした外観は、サンパウロの象徴的な建造物として知られ、2014年には文化財に指定された。ニーマイヤーは2012年に104歳で逝去したが、彼の革新的な建築哲学は、この優美な曲線を描く壁と共に今も生き続けている。ブラジル最大の集合住宅、COPANビルには現在も多くの住民が暮らしているのだが、不思議な噂が絶えない。今も建築家の魂が設計を続けていると人はいう。
毎夜3時33分、街が静まり返る頃、エレベーターは突如32階で停止する。たてものを巡回する警備員たちは誰もいないはずの廊下から、シャカシャカと鉛筆が紙にを音をこすれる音を聞いたと語る。
30年来の住人であるマリアは、ある日窓際で1950年代の装いをした人影と遭遇した。建築図面を手にしたその人物は、憂いを宿した若い瞳で彼女を一瞥すると、朝霧の中へと消えていったという。住民によるこうした目撃談は後をたたない。
改修工事の際には不思議な現象が頻発する。工具が何者かによって整理され、いつのまにか古い設計図がどこからともなく現れることがある。
このビルのなかでも最も謎めいているのは3206号室だ。夜にだけ出現するというその部屋の中では、永遠の製図室が広がり、孤独な影が柔らかな光の中、果てしなく図面を描き続けているという。
管理スタッフは今でも毎晩、32階に鉛筆を置いていく。翌朝には必ず芯まで使い切られ、にぶい輝きを放つ黒鉛の粉が残っている。
日暮れ時、コンクリートの波に光が踊る頃、窓越しにその姿を見かけるかもしれない。永遠の建築家は今も、天空へと伸びるこの巨大な建造物の全てを見守り続けているのだ。