無腸類を採集して、研究しませんか
これはbiol2024アドベントカレンダーの4日目の記事です。私は既に筑波大学を卒業していますが、OB枠として書かせていただきます。
はじめに
私は卒業研究で1年間、無腸類の研究をしていました。フィールドで無腸類を探すところから研究が始まったのですが、そもそも無腸類を採集しようとしている人が少なく、また論文の採集方法についての記述は簡潔なものがほとんどだったため、採集のコツがわからず、効率的に採集ができるようになるまで半年ほどかかってしまいました。
本記事は、私が行っていた無腸類の採集方法をまとめ、これを読んだ皆さんに無腸類の採集を広めるとともに、無腸類関連の未解決テーマをまとめることで、無腸類の研究に興味を持っていただくことを目的とします。
※今後私が何らかの形で発表しようとしている研究成果や写真は除いているため、そのあたりの内容が充実していないことはご了承ください。
無腸類Acoelaとは
珍無腸動物門Xenoacoelamorpha-無腸動物綱Acoelamorpha-無腸目Acoelaに属する動物の総称を無腸類と呼んでいます。Xenoacoelamorphaは珍無腸"形"動物門とすることもあります。Acoelaはアシーラと読みます。
無腸類は小型(多くが体長5mm以下)の無脊椎動物であり、骨格や殻などの顕著な硬い器官を持ちません。全体的な見た目は小型の扁形動物に似ており、昔は扁形動物の仲間だと考えられていました。左右相称の単純な体制を持っており、肛門や上皮性の消化器官を持たないことから無腸類と呼ばれています。単純な神経系を持ち、全身の筋肉や体表全体にある繊毛によって運動します。
無腸類のほぼ全ての種が海の底生環境で自由生活(寄生性でも固着性でもない)をしています。ごく少数ですが、棘皮動物に内部寄生する種、淡水の底生環境で自由生活をする種が報告されています。Turbellarian Taxonomic Databaseによると、2024年現在で400種以上の無腸類が記載されていますが、これ以外の珍無腸動物は30種未満しか記載されていないことを考えると、無腸類は同門の中で極端に多様化した(もしくは分類学的研究が進んだ)グループであると言えます。
無腸類は生息環境に応じて、藻類や小型の甲殻類、小型の二枚貝、他の無腸類、サンゴ類の粘膜などを捕食します。一部の種は藻類と共生して光合成産物を養分として受け取っていますが、それに加えて餌を捕食して生活する種が多いです。
無腸類の採集方法
私が採集調査を行っていたのが静岡県下田市なので、温帯域太平洋側であれば同様の方法で無腸類を採集できると思います。また、広島大学の彦坂先生の研究室ホームページには、瀬戸内海に生息するナイカイムチョウウズムシPraesagittifera naikaiensisの採集方法が記載されています。採集方法の動画は必見です。
海藻・流れ藻の洗い出し
磯や砂浜で海藻や流れ藻を採集し、薄く海水を張った白バットの中でバシャバシャと洗うことによって付着していた無腸類を落とし、ピペットで採集します。私は石灰藻(サンゴモ、カニノテ)をよく用いていましたが、他にも様々な海藻で無腸類を確認しています。バットに落ちた無腸類は繊毛によって等速で遊泳することが多いので、大きさ数mm程度で等速で動いているものがあれば無腸類である確率が高いです。
砂からの採集
表層付近の砂を採集して持ち帰り、海水を張った白バットにひろげてしばらく時間を置くと、無腸類が遊泳を始めたり表層に出てきたりするので、ピペットで採集します。共生藻を持つ無腸類は光を求めるので、日当たりがよく、有機物が溜まっているようなポイントが狙い目です。海藻の洗い出しとは異なる種が採集されることが多いです。
磯採集
磯採集で転石の下をよく観察すると無腸類が見つかることがあるので、筆を用いて採集します。転石側に付いていることが多いです。野外で肉眼で無腸類を探すことは難しく、私は2種しか見つけたことがありません。
番外編1:サンゴ類からの採集
一部の無腸類はサンゴ類の表面で生活しており、これらをスキューバダイビングで採集するという方法を論文で度々見かけます。私はやったことがありませんが、沖縄のサンゴ類が群生している海を泳いでいても無腸類を見たことが無いので、見つける難易度は高そうです。また、熱帯魚飼育等で水槽にサンゴ類を入れていると、無腸類が大量発生したという報告をインターネット上でたびたび見かけます。サンゴ類に付着していた無腸類が増殖したと考えられるので、飼育している人は水槽をよく観察してみてください。
番外編2:無腸類とその他の動物との見分け方
上記の方法で採集される無腸類は共生藻を持つ種が多いため、体色が緑である小型のウズムシは十中八九無腸類です。最も見た目の特徴が似ているのは小型の扁形動物ですが、多岐腸目(ヒラムシの仲間)は無腸類よりも運動が速く、三岐腸目(プラナリアの仲間)は頭部が三角形であることが多く、原卵黄目は体に厚みがあるので、これらの特徴で無腸類と見分けることができます。顕微鏡を用いると眼点などの特徴でより正確に見分けることができますが、肉眼で見分けられた方がソーティングが楽です。
無腸類関連の未解決テーマ
ここからは未解決テーマについてまとめますが、どうしても私の興味のあるテーマに偏ってしまうことをご了承ください。
珍無腸動物門の系統的位置について
珍無腸動物門を含めた分子系統解析では、他全ての左右相称動物の姉妹群になる結果と、新口動物に含まれて水腔動物(棘皮動物+半索動物)の姉妹群になるという結果が出ており、どちらが正しいのか決着がついていません。一部の珍無腸動物の枝が長いことが結果を狂わせている原因のようです。2つの仮説によって復元される祖先形態が異なるため、動物の進化の軌跡を辿るために重要なテーマです。
無腸類の分類について
日本に生息する無腸類のうち既知種(記載されている)は10種程度であり、未記載種が多数生息しています。また、古い記載も多く、分子系統解析や電子顕微鏡での微細構造の観察によって、たびたび分類の改訂が行われています。これは世界を見ても同じ状況です。これらの記載や分類を進めて行くことによって、無腸類の多様性や進化についての理解を深めることができます。
藻類との共生関係について
無腸類と藻類の共生関係については、共生関係を獲得した無腸類は藻類なしでは生存できないこと、種ごとに特定の藻類を選択して共生させていることなどが主にわかっています。しかし、進化の過程でどんな遺伝子の進化によって共生関係が獲得されたのか、共生藻をどのように選択しているのかなど、不明な点が多いです。これらの点は、藻類との共生関係についての研究が比較的進んでいるサンゴ類でも未解決であり、私は飼育が容易な無腸類にイニシアチブがあると考えています。
また、興味深いことに無腸類には緑藻と共生する種、渦鞭毛藻と共生する種、両方と共生する種が見られます。緑藻と渦鞭毛藻は系統的には大きく離れた藻類ですが、無腸類はそれぞれのグループの共生藻に対して選択性を保持しています。これらの共生関係の進化的起源は同一なのか、なぜ2種と共生しているのかなど、謎は多いです。
無腸類を食べるウミウシについて
ニシキツバメガイやアカボシツバメガイなど、頭楯目のウミウシであるツバメガイの仲間は無腸類を好んで食べことが示唆されています。これらのウミウシが無腸類をどのようにして認識しているのか、全く不明です。我々人類が無腸類を扁形動物に分類していた頃にも、ツバメガイたちはこれらを識別して捕食していたということに、進化のロマンを感じます。
おわりに
無腸類は日本沿岸の至る所に生息しているはずです。これを読んで興味を持った方が身近な環境で無腸類を観察し、さらに興味を持った方が研究を進めてくださると幸いです。私も社会人として働きながらですが、研究成果を発表できるように頑張ります。
主な参考文献
Achatz JG, Chiodin M, Salvenmoser W, Tyler S & Martinez P (2013) The Acoela: on their kind and kinships, especially with nemertodermatids and xenoturbellids (Bilateria incertae sedis). Org Divers Evol 13: 267-286.(最も充実した無腸類の総説)
彦坂 暁・彦坂-片山 智恵 (2022)無腸類と藻類の共生進化.植物科学最前線 13: 31-41.(近年日本語で書かれた無腸類の総説)
西田和記(2024)ウミウシの生態観察図鑑.誠文堂新光社,東京.(ツバメガイ類が無腸類を食べることが記載されている)
Tyler S, Schilling S, Hooge M & Bush LF (comp.) (2006-2024) Turbellarian taxonomic database. Version 2.2. https://turbellaria.umaine.edu.(珍無腸動物と扁形動物の分類についてまとめた有益なホームページ)