第2章物流とビジネス原理
毎年後期に始めるロジスティクス論の授業で学生達と将来について語り合う事が習慣になっている。どんな仕事を目指しているのか、人生の目的は何かなど若さに合わせての自由討議だが、案外彼らは打算的であり「とにかく金が欲しい」とストレートに話す。
では金儲けはどうすれば叶うかという話題に切り替えると、案外と視野が狭く、アイデア欠乏が目立つようだ。さすがに大企業で将来を漫然と過ごしたいとか公務員志望だという主張は少ないが、どうやって自ら稼ぎだすか、企業体は何によって金を稼いでいるかをリアルに理解できているようには思えず、授業は金儲けの原理原則から始まるのである。思えば小学生の夢が社長というのと20代になっても変わらないのは世の辛さを想像できていなくて微笑ましい。
最近の話題にしたのは映画にもなっている『ファウンダーズ、マクドナルドの成功物語』である。映画を見れば驚くが、ファストフードのマックはマクドナルド兄弟が開発して大成功していたハンバーガーショップをレイ・クロックが見出してフランチャイズシステムによって世界的企業までに至らせた。その本質は、実は不動産と店舗をフランチャイザー(本部)が開発し、低金利でフランチャイジー(加盟店)に貸し出す事(不動産店舗のサブリース)で爆発的に拡大できたという事だ。決してハンバーガーという食材だけで急成長できた訳ではなく、不動産という固定資産で成長してきた歴史を振り返ることで、企業は何で儲けているのかを点検することの大事さを教えてきた。
第1節 ビジネスの目的
改めて述べる必要もないが企業体の存在理由は収益の追求にあり、資本金を基にして蓄積を重ねる事が唯一の目的である。個人事業であろうと法人組織体であろうと、ネタにした元金からいかにして増やしてゆくか、日々の運転生活資金をどうやって捻出するかに奔走するのがビジネスだといえよう。
お金を稼ぐ(他から手に入れる)には3つの手段しか無い。お金がある場所を顧客市場、マーケットと呼び、自分と同時にカネを狙っているのが競合である。市場から競合を出し抜いて、金を稼ぐ方法は、
3つの手段であり盗む、貰う、交換するという原則だ。
盗むとは、天然自然資源から価値あるモノを手に入れる収穫であり、農林水産業、養殖業、鉱業などが当てはまるだろう。誰でも同じ環境にあり、気付く、急ぐ、上手くする、より巨大な規模を準備するという競争でモノを収穫してカネに変える事ができる。大学キャンパスに落ちている銀杏を拾っては小遣いにしていた学生時代を思い出す。
貰うとは、親からのお年玉や小遣いのように対価がない(実際には将来の対価を期待されているが)のにいただける事だ。貰える時代には限りがあるように思える。
交換するとは、自分の自由時間を労働に充てたり、作り出した商品サービスを販売する事で差益やマージンを手に入れる事だ。経済の原則は交換にあり、そのために市場が構成されている。消費者も組織化された市場からモノを手に入れられるという自由経済が発達してきた。欲しいと思う金額にもよるが、効率の良さを想像するだけで、盗む、貰うよりも交換という金儲けが良さそうだと学生達は気づくことから、ロジスティクスの授業は始まる。
何かを交換するためには、モノを作るなり仕入れるというモノの移動や保管という作業が必要となり、ビジネスで収益を獲得できるということから、ビジネスにはロジスティクスが最重要という事にようやく気付くのだ。
ここから物流業は交換のビジネスと定義できる。保管だけ、運ぶだけではなく、交換に関わる事前事後の全ての局面をカバーすると改めて見直すとどうなるだろう。
物流事業は欠落している付帯事項が多くあることに気づけばチャンスだ。
物流ロジスティクスビジネスの可能性については後半で改めて検討する。
第2節 ビジネスモデルと業種
自分と顧客市場という関係や位置づけを理解すると、これらを結びつけるために何が必要かという構造の理解が始まる。自分の存在や商品をどうやって知らせるか、どのような商品を生み出すのが良いのか。誰に売るのか、条件はどうやって定めるのか。などと案外混乱が始まってしまうものだ。そして、そもそも金を稼ぐために商品を作らねばならない。いざその時に元手となるカネはどうしたら良いのかを漠然と思い浮かべながら、学生なら自分の興味や趣味に合わせて、商品やサービスを作る、仕入れてくるなどと発想が連続するが、そこで疑問が生まれてくる。
<ビジネスモデルイメージ図>
誰が買うのか、なぜ買ってもらえるのか?
物流ロジスティクスで保管や配送は想像できるが、継続して買って貰うためにはどんな条件が必要なのかまで思いが及ぶと、答えは見つかりにくい事に気付く。マーケティング全体の理解が足りないからだ。自分もそうだが、モノを買うことの動機や意味に思考が広がってゆくと、「なぜ買うのか」という相手の立場を創造できるようになる。同時にまだスタートアップのカネの問題が解決されてはいない。
どんな価値を創り出しているのか?
モノを売る時には価格を真っ先に見るだろう。今、世の中にどれ程の種類のものがあるかは分からないが、コンビニには3000種類、スーパーには1万点以上の商品が溢れている。しかも同じような商品が100円ショップにも存在している。モノを作る時に100円ショップで売るモノを初めに考えるヒトは少なく、なるべく高く売りたい、頃合いの良い価格で売りたいと願うものだ。そのためには価値が必要だと気づく。
価値とは何か?
従来までの価値論は機能と価格で示されていた。商品の特徴というのがこの視点でしか見られてこなかったからである。
価値=機能/価格 という式で示され、商品は比較されてきたのである。
ところがダイヤモンド効果(希少性と高価格が価値を高める)や芸術品などが普段の生活シーンに登場するようになり、価格と機能だけでは説明がつかない商品や製品が見られるようになってきている。
それほどまでに価値とは多様化しており、一意的に定める事ができ辛くなっている。特に一般消費者が購入するような消費財には、愛着や蘊蓄のような尺度がない要素もあり、そのために消費財の価値多様化は現在28分野に渡ることが研究されている。
<消費財の価値とは何か28の認識>
かたや製造に必要な原材料となる生産財はもう少し基準が定まっており、37分野が確認できている。
<生産財の価値 37項目>
このような価値を含んだ商品や製品を消費者や購買の現場に送り届ける事で価値が表出することになる。届けなければ無用の価値であるから、在庫や配送という物流ロジスティクスは価値の体現活動と呼んでも良いだろう。
そこでビジネスは市場に対して価値の提供を行うことが原点となる。すると次の図のように、パートナー選定や活動の内容、それに必要な経営資源の獲得がビジネス構想に重要な要素となる。
同時に市場の顧客選択や関係性の維持獲得、そして肝心の商品製品の配送という物流ロジスティクスが一体となってビジネスが成立することになる。
このビジネスモデルについて詳しくは後節で取り上げるが、ビジネスもマーケティングも物流ロジスティクスがなければ全くなにごとも始まらず、ましてや攻める戦闘は始まらないことに気づくであろう。
現在の産業がこのようなモデルで示されており、業種というものが単なる素材に縛られてしまっている事に気づくと、産業連関や業種の好況不況に関わらず、物流ロジスティクスの優位性に関心を集める事ができる。景気変動や為替の影響などに直結する原材料素材から離れることで、業種ではない新産業となるわけだ。自社の業界習性から抜けられずに迷うなら、家庭用品大手のアイリス・オーヤマを見て欲しい。はじめに押入れスノコという木工商品から、透明プラスティックの衣装ケース、次に調理器具と家電用品、食料飲料などへ発展し、そしてLED照明器具の家電最大手まで躍進している。まさに原材料素材を離れたメーカー(実際には生産委託、OEM商品供給)であり、家庭用品市場という生活者への直結を果たしたビジネスといえるのだ、
アイリスオーヤマを語るには商品開発能力や外部生産工場のアウトソーシング能力までを見なければならないが、いずれにせよ原材料素材を離れた新業種といえる。そして新たな需要と供給を司る物流ロジスティクスに長けていることだけは確かである。生活者が求めているあらゆる価値をごっそりとすくい上げている企業とも言えるであろう。
第3節 商品交換で儲ける(SDGs循環型社会での条件)
価値と価格は常に比較される。では世の中の商品原価はいくら位であろうか。Apple社製のiPhoneの部品製造原価は30%を下回るようであり、高級機種では売価10万円を大きく越える。国産部品メーカーは高価格、低原価の構造を維持できるビジネスモデルにホゾを噛んでいるようだ。
その他低価格では驚くような商品や雑貨が100円ショップにあふれる中で、販売による交換差益の獲得には途方も無い競争がある。
高価格であれば、高級ブランドファッション製品もあり、好調な売上を獲得しているという。同じファッション製品では、若者にはタダでもいらないと言われそうな商品は何回もバーゲンを経ても結局は売れ残り、生産数量のおよそ半分は焼却廃棄されているという。半分が売れ残るという前提での価格設定は、とても難しいだろうと感心する。
食品のフードロスも異常に多く、最終的に廃棄される量を見込み、それを前提としての売価設定は異常事態と言えるだろう。捨てる無駄、作りすぎる無駄がなければ、売価や原価は今以上にリーズナブルになるはずである。
原材料資源の節約やムダの排除は地球全体から見ても緊急課題と言える。国連が提唱するSDGs(Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)は、これからのビジネスに欠かせない重大な制約であり、社会や消費者に対する誠実さの証明になる。持続可能な社会のために、エネルギーや原材料資源その他を無駄なく、再利用可能な方法で生産や流通に向けるなら、今までのような大量生産対象消費、同時に大量廃棄とつながるものづくり、流通の構造は転換しなければならない。
商業入門では仕入原価、販売管理費、粗利率、マージンなどの公式を習うが、最も重要な価格戦略については「市場や競合、顧客の望む価格」というキーワードがある。商品は価格先行で企画しなければならないという意味だ。原材料製造コストの積み上げであるプロダクト・アウトの設計ではなく、市場許容価格からのマーケット・イン設計に基づく商品づくりが求められている。
顧客が望む100円でこの商品を売るためには、一体どんな原価になるのか。どこでそれを製造すればよいのか、公式やお手本はどこにもないだろう。価格破壊という量産効果と世界にまたがるグローバルサプライチェーンで圧倒的な低価格商品が街には溢れている。
金儲けのために商品とカネを交換し、差益を稼ぐにはモノの製造と流通、物流ロジスティクスが必要になる。モノを作るには原材料資材を集め、機械に投入して加工する場所としての工場が必要になり、自動車のような大量の部品を使う工場では、工場内部での材料移動や半製品の在庫管理などの物流ロジスティクスがキーワードになっている。
商品を大量に流通させ、販売して差益を得るには、途方も無いビジネスプロセスが欠かせないことを理解すると、そこには物流ロジスティクスが重要な役割を担っていることに気づくはずだ。
SDGsの理念に従えば、原材料資源や製造に関わるエネルギー資源を節約し、製造物の流通においてはロスや廃棄を避けて、しかも消費完了後の商品は積極的にリサイクルや再利用によりゴミゼロ、ゼロエミッションを目指さなければならない。そのためにも生産から消費、リサイクル全体像を理解して、適切公正なサプライチェーンを回しながら、同時に収益を確保するというバランスが必要になる。モノの流れをコントロールしながらキャッシュの極大化を目指すのがビジネスプロセスであり、経営機関における部門統合、情報連携、データ追跡と商品のトレサビリティが必要になる。
安く作り納得のゆく価格で大量販売すれば良い、という理念だけでは今後の社会を生き抜くことはできない。社会が求める公正価値に合わせて、適時適量の商品供給でロスを防止し、同時に使用資源の最適化とゴミゼロを目指す、大きな設計図と構造を理解できなければならないのだ。
販売と利益の公式 G=mPQ-F
商品交換によってカネを儲けるには、商業知識の原価、粗利、マージン、固定費、販売数量、売価、利益の関連公式を理解しなければならない。物流・ロジスティクスは商品生産に関わる活動と在庫、販売に関わる全てをカバーしていることになる。
G:利益 m:粗利率 P:商品価格 Q:販売数量 F:販売固定費
この公式では、売上高PQに対して、販売粗利益率mを利用すると販売総利益がmPQで示される。
販売に関わる人件費や物件費などは主に固定費であるから、mPQという総利益から固定費を控除すると利益が求められる。極めて簡便な公式だが、利用価値はシミュレーションにある。
つまり、平均売価、販売数量、獲得マージン、固定費用の増減などの複数要因によって、獲得利益がどのように変化するかのシミュレーターなのだ。
Q1:利益率が売上の5%になっている商材の売価を10%下げると、利益はどう変化するか
Q2:利益率が売上の5%になっている商材の売価を10%下げても、利益が変わらないようにするには固定費をどれだけ抑制しなければならないか
Q3: 利益率が売上の5%になっている商材の売価を30%下げ、数量を20%増やすと、利益はどう変化するか
<STRACシミュレーション表>
上述のようなシミュレーションは、販売担当や物流・ロジスティクスの担当者は日々直面する問題であろう。もし、無頓着に売価や数量を大幅に変更すれば、利益額は激減するだろうし、物流面でも混乱も避けることはできない。事前に正確なシミュレーションが欠かせないがこの表は便利なツールである。