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ネオンサイン2 dive into the World 第1話
上空から、爆音とともにワーグナーの名曲「ワルキューレの騎行」が流れてくる。見上げると、今まさに一機のヘリコプターが、下北駅前の広場に着陸するところだった。強風が吹き荒れて、西澤たちが持っていた無料ライブのチケットが風に飛ばされていった。
やがて、チケットを配って呼び込みしていたお笑いコンビ”丸子ポーロ”の所に、もじゃもじゃロングヘアーの監督が駆け寄ってきた。
「君たち、すぐ来てくれっ」
監督は言った。
「いや、これからライブなんですよ、監督っ」
「君たちがここにいるって事は、そういう事だろ、それは良く分かってるよ。でも急ぐんだよっ!」
「いくら監督の頼みでも、今日だけは無理です。クリスマスのスペシャルライブなんで、シャッフルしたメンバーでネタをやるんですから」
「シャッフルって何だ?」
「いつものコンビとは違う相方と組んで、お笑いネタをやるんですよっ、監督」
「だから、俺ら2人だけじゃなく、別のメンバーにもメイワクがかかっちゃうんです」
「うーん、そうか……。お笑いは君たちの命だからな。事情は良く分かった、じゃあ少し待たせてもらおうか」
「ぜひそうして下さい、監督。2時間ぐらいで終わりますから」
「せっかくだから、ライブでも見ていくか」
監督は、ヘリの方に手を振って、誰かを手招きした。すると、爆音で回っていたヘリのローターがゆっくりと止まり、3人の女性たちが降りてきた。監督の妻のマリコ、女優の石原さとみ、そして、ガッキーだ。
「えっ、皆さんで来たんですか?それに、あのヘリはいったい誰が操縦を……」
「もちろんマリコだよ」
監督は事もなげに言った。
有名女優が2人も一緒にお笑いライブを見にきたので、会場はパニック寸前になったが、そこは何とか抑えつつ、2人はようやくライブを終えた。ライブが終わると、監督夫婦と2人の女優、それに西澤とタケシは、そろってヘリに乗り込んだ。
「それで今回は何の話でしょうか?もしかして、また新作のゲリラ撮影ですか?」
「そうじゃないんだ、まぁゆっくり話そう。それはそうと、ルナちゃんはどこか分かるかな?」
「たぶんまだ学校じゃないですかねー」
すると、爆音で舞い上がったヘリは進路を東に取り、すぐに東大駒場キャンパスのグラウンドに着陸した。ラクロスを練習していた東大生たちが、片隅に固まってひいている。
「何ですか、監督。ここ駒場の東大ですよ。電車で来ればいいじゃないですかっ」
「とにかく急ぐんだよ、ルナちゃんを呼び出してくれ」
西澤はルナに連絡して、ヘリの所まで来てもらった。訳も分からず、ルナもヘリに乗り込む。
「これでみんなそろったな、じゃあ出発だっ」
駒場のグラウンドから飛び立ったヘリは、やがて海沿いの空港に降り立ち、総勢7人のメンバーは、監督のプライベートジェットに乗り換えた。
「ひょっとして、俺ら外国行こうとしてません?」
「そうさ、ニュー、ヨーク、だよ」
「ニューヨークって、俺ら何も準備してませんよ」
「旅は長い、ゆっくり準備する時間はあるっ」
監督のプライベートジェットは、超音速で突き進んで行った。
「今回は私の知り合いの大物プロデューサーの依頼でね。特別な国家機密なんだ。君は闇の神と通信できるって、あの小説に書いてあったけど、あれは本当か?」
監督は西澤に話しかけた。
「えぇ……。でも、闇の神って言っても、お笑いの神ですよ」
西澤は苦笑いした。
「いいんだよ、闇の世界と通信できれば、何とかなるだろ。確か、ルナちゃんの太ももをジーッと見てると声が聞こえるんだっけ?」
監督は、座席に座っているルナの太ももを凝視した。監督の強烈な視線に、ルナが恥ずかしそうにモジモジと膝を動かす。
「うーん、何も聞こえないなぁ。やっぱり君じゃないと無理か」
ルナが恥ずかしがる様子を見て、西澤はきまりが悪そうに言った。
「いや、チラ見で十分なんです。それに、俺が受信するのは闇のお笑い神のメッセージ、っていうか、単にお笑いのネタですよ。それ以外のことは特に……」
「そこを何とかして欲しいんだよっ」
「タイミングだって、いつ聞こえるか分かんないですし」
「そうか……。まぁ、まだ向こうに着くまで時間はたっぷりある。ひとまず晩メシにするか」
テーブルに、クリスマスの豪華な料理とケーキ、それにシャンパンが運ばれて来た。気圧の変化ですぐ酔いが回ったので、メンバーはしばらく仮眠することにしたのだった。
(私は闇のお笑い神だ……)
西澤の夢の中に、さっそく闇のお笑い神が出てきた。
(けっこう出たがりなんですね)
(そちらの話はよく聞こえるからな……)
(でも、闇のお笑い神さんって、闇業界に詳しいんですか?お笑い専門でしょ?)
(私は詳しくないが、摩利支天なら良く熟知しておるぞ……)
(摩利支天って、上野徳大寺のですか?)
(そうだ、なにしろ、戦いの神様だからな。それにあいつは、私の飲み友達なんだ……。最近、多額の寄付をしてくれたそうじゃないか)
(飲み友達って……。そうそう、俺らの映画も大ヒットした事ですし、せっかくだから、たっぷり寄付させてもらいました)
(とても喜んでおったよ……。話はつけておくから、安心していなさい……)
(闇のお笑い神さまが役立つのは、お笑いネタだけじゃなかったんですね)
(結局、日頃の行いがモノを言うんだよ、フフフフッ……)
そこで声は途切れた。
西澤が目を覚ましてまもなく、監督のプライベートジェットはJFK空港に降り立ち、迎えにきたリムジンに乗り換えた総勢7人の一行は、ニューヨーク5番街のトランプタワー最上階にあるペントハウスに直行したのだった。
「よく来てくれたね」
巨体の男が握手を求める。
「プロデューサーのジョンだよ」
大の日本マニアのジョンは、完璧な日本語を操った。そしてなぜかジョンも、もじゃもじゃのロングヘアーだ。
そちらにかけてくれ、と言われ、メンバーはフカフカのソファーに座ったのだった。
「うちのファクトリーのサーバー群が、不可解な動作をするようになってしまったんだよ」
ジョンは説明した。
「これじゃあ新作映画のレンダリングができないから、他のところを当たってみたが、やっぱりダメさ」
最近の映画は多くのCG処理がなされている。その大量のCGを計算するコンピューター処理のため、映画のプロダクションには”サーバー”と呼ばれる高速なマシンが大量に備えられているのだ。その計算処理のことを、業界用語で”レンダリング”と言う。
「原因が全く不明でね。このあたりだけなのでまだいいが、これが国内に広がると大変なことになる、事態は一刻を争うのだ」
「ただの故障じゃねーのか?」
タケシが聞いた。
「それがもっと悪魔的なのだ。処理したと思ったデーターが、ふと気づくと消えている。しかも、いつ消えるのか、誰にも予測できないのだ」
「書いておいたネタが、消えてる、みたいなことだよ」
「それはやべーな」
「単なる故障ではない、何か闇の力が働いているんだよ……」
そこまで言うと、ジョンは天井を見上げて押し黙った。
「あっ、そういえば俺、さっき夢で闇のお笑い神に会いましたよ、っていうか、声が聞こえただけですけど」
ふいに西澤が言った。
「何っ、そうなのか。それを早く教えてくれ」
監督が身を乗り出した。
「済みません、ちょっと展開が早すぎてスッカリわすれちゃってました。それでですね、お笑い神さんは良く分かんないそうなんですけど、摩利支天なら何とかなるそうで……」
「何だ、摩利支天って?あっ、上野のなっ」
監督だけに知識は豊富だ。
「ただ、向こうから連絡してくるらしいんで、今はそれ待ちですね、たぶん」
「んー、そうか。じゃあひとまず解散だな」
その言葉を聞くと、石原さとみとガッキーは、連れ立って5番街に買い物に行ってしまった。
「あの二人は同行するんじゃないんですか?」
「単なる休暇だよ」
監督は笑いながら答えたのだった。
(第1話 終) 第2話
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