見出し画像

資本主義の終わり

Twitterで興味深いやり取りを見つけた。AIの進化を巡る議論で、「技術革新が仕事を奪っても、歴史を見れば新しい仕事が生まれる」という楽観的な見解と、「マクロな視点での肯定は当事者の苦しみを無視している」という批判的な立場が対立していた。この議論に触発され、私も自分の考えを記しておきたい。

「マクロな視点での肯定は当事者の苦しみを無視している」という指摘は極めて重要だろう。シンギュラリティーの到来で万事解決、という意見は、その移行過程や移行期の混乱を無視する限り、無責任であり、脳天気な妄言に過ぎない。私もシンギュラリタリアンの一人として、この問題を考えてみたい。

AIがもたらす変化は、その進行の速さと範囲の広さから、社会全体を急速に変質させるだろう。その最も顕著な例が、AIによる大規模な失業である。

AIによる失業として、まず思い浮かぶのは自動運転車によるドライバーの失業かもしれない。確かに、これはAIによる失業の一例だが、既存の自動車を自動運転車に置き換えるにはある程度の時間が必要であり、この点で過去の産業革命による失業に近い。

一方、これから想定されるAIによる失業には、以下の特徴が挙げられる。

1.同時多発的に起こりうる
2.導入の敷居が極めて低い
3.人間の能力を完全に上回る

たとえば、AIによる音声応答システムが一定の水準に達した場合、コールセンターのオペレーターは瞬時に職を失うことになるだろう。データ入力などの事務職もまた、あるAIシステムが実用化された瞬間に、世界中で一斉に不要になる状況が想定される。

さらに深刻なのは、この大規模な(事務職だけで労働者の20%以上の)失業が、連鎖的な経済の縮小を引き起こす点だ。現代の産業構造は、非必需品のモノやサービスの提供が大きな割合を占めているが、失業者は必需品以外を消費することが難しくなる。

これにより、大規模な失業はエンタメ、旅行、外食などの産業を崩壊させ、これらの産業に従事する労働者もまた失業し、その連鎖はさらなる倒産と失業を引き起こす。結果として、エッセンシャルワーク以外のほぼすべての仕事が極めて短期間で消滅すると予想される。

AIによる大規模な失業は、消費の減少、さらなる失業の連鎖を引き起こし、社会システム全体を機能不全に陥らせる危険がある。これは一部の人々の「当事者の苦しみ」ではなく、ほぼすべての人が直面する、「適者生存」すらをも超えた、現行システム自体の崩壊と再構築を迫られる事態だ。現行の社会システムとは、資本主義のことだ。

もちろん、資本主義社会の崩壊は、人間社会そのものの崩壊を意味しないし、意味してはいけない。エッセンシャルワークをすべてAIロボットに代替させ、必需品が無償で提供される社会をつくることができれば、お金も国家も労働もない、自由で平和な社会が到来する可能性がある。

問題は、そのポスト資本主義社会への移行期における混乱である。

この混乱への対策として、ベーシックインカムがしばしば提案される。しかし、ベーシックインカムの導入には、社会的な合意形成と制度設計に数年単位の時間を要する。一方、AIによる大量失業とそれに伴う連鎖倒産は、年単位ではなく、月単位、あるいは週単位というスピードで進行する可能性すらある。そう考えると、ベーシックインカムは現実的な解決策とは言い難く、既に「手遅れ」なのだろう。

「技術の進歩は止められない」という前提に立つ場合、我々にはどのような選択肢があるのか。減速か加速か、そうした選択肢は一応存在するのかもしれない。

減速とは、この場合、スチュアート・ラッセルの「この10年の終わりまで」という言葉を借りれば、2029年12月31日までは新たなAIサービスのリリースを禁止し、AIの商用利用を全面的に停止することである。

仮にこんなことが可能なら、ポスト資本主義社会への理想的な移行が実現するだろう。2029年の年末まではこれまでと変わらぬ生活を送り、AIが解禁される2030年1月1日には、スーパーマーケットで必要なモノをかごに入れ、お金を払わずに持ち帰る、そんな世界が訪れるかもしれない。

しかし、現実的には、AIの商用利用の禁止という反資本主義的な決定を、資本主義社会の枠内にいる我々が下すことは難しいだろう。おそらく、AI開発は制御不能な形で加速し続け、ある日、大規模な失業を生み、資本主義のクラッシュへと至ると考えられる。

つまるところAIがもたらす混乱の本質は、その変化のスピードにある。ある日突然20%超の失業者を生み出すような技術革新は前例がなく、現在の社会システムはそれに対応できない。

ただし、皮肉なことに変化があまりに急激な場合、混乱は最小限に抑えられる可能性もある。たとえば、大量失業の翌日に電力が無料となり、その翌日に食料生産が完全自動化され、さらにその翌日にAIが医療を担うような展開だ。

現在のAIにまつわる議論の多くは、移行期の時間軸についての考察を欠いている。その結果、我々は混乱の規模も期間も正確に予測できないまま、大きな変革期を迎えようとしているのだ。

混乱の移行期をなんとか生き抜き、新時代をこの目で確かめたい。


2024/12/02 加筆修正
結論を強化。自動運転車、ベーシックインカムへの言及をそれぞれ加筆。一部、冗長と思える箇所を修正。