ふたりの交差点
夏の終わり、キャンパス内のカフェテラス。秋風が木々を揺らし、澄んだ空気が心地よい午後だった。
藤井夏鈴は一人、机の上に開かれたノートをじっと見つめていた。そのクールな横顔に似つかわしくない関西弁が彼女の魅力を引き立て、周囲の学生たちは彼女にひそかな関心を寄せていた。しかし、夏鈴は周囲を気にせず、ノートに書かれた文字を指でなぞるように考え込んでいた。
その時、「ここ、空いてる?」という声が彼女の耳に届いた。
顔を上げると、柔らかい雰囲気をまとった守屋麗奈が微笑んで立っていた。
夏鈴:いいよ。
麗奈:ありがとう! ここ、静かでいいね。
麗奈はノートを机に広げながら、夏鈴の隣に腰を下ろした。控えめながらも自然と人を引き寄せる麗奈の存在は、夏鈴の周囲に漂っていた冷たい空気を少し和らげた。
時間が経つにつれ、夏鈴と麗奈は自然と親しくなっていった。性格は正反対のように見えたが、なぜか心の距離は少しずつ縮まっていく。
麗奈:夏鈴ちゃんって、いつも一人でいるけど、寂しくないの?
夏鈴:うーん、一人の方が楽。けど、麗奈ちゃんと話してると……何て言うんやろ、落ち着く。
麗奈は驚きながらも嬉しそうに笑った。
そんなふたりの間に○○が現れたのは、ある日の講義後のことだった。
○○:やぁ、隣いいかな?
そう言って軽く手を挙げた○○は、同じサークルの先輩だった。彼は麗奈の友人で、親しみやすい雰囲気を持っていた。その日から、ふたりだけだった時間に○○が加わり、三人で過ごすことが増えた。
○○:夏鈴ってさ、話してみると意外と優しいよな。
夏鈴:……意外って、どういう意味?
○○:いや、第一印象はクールで話しかけにくい感じだったからさ。
麗奈:うんうん。でも、夏鈴ちゃんはめっちゃ優しいよね。
夏鈴:……調子狂うわ。
そんなやり取りに、ふたりは笑い声をあげる。一方、夏鈴は恥ずかしそうに目を伏せた。
夏鈴は、いつの間にか○○に惹かれていた。しかし、その感情に気づくのが遅かった。○○が自分の隣で笑うたび、ふと胸が苦しくなる。
そんなある日、麗奈が夏鈴に声をかけた。
麗奈:夏鈴ちゃん、○○のこと、好きなんでしょ?
夏鈴:……何でわかんねん。
麗奈:わかるよ。私、夏鈴ちゃんのこと見てたから。
夏鈴は言葉を失った。自分の気持ちを見透かされたようで、どこか恥ずかしかった。
麗奈:私、応援するから。夏鈴ちゃんが幸せになるの、見たいもん。
夏鈴:麗奈ちゃん……ありがとう。
その言葉に、夏鈴の心は少しだけ軽くなった。
冬の終わり、キャンパス内の庭園。空には薄い雲がかかり、冷たい風が吹いていた。○○は夏鈴を呼び出し、ふたりきりで話をしていた。
○○:最近、夏鈴と過ごす時間が楽しくて仕方ないんだ。
夏鈴:……何、急に。
○○:俺、気づいたんだ。夏鈴のことが好きだって。
その言葉に、夏鈴は目を丸くした。まるで時間が止まったようだった。
夏鈴:……ほんまに?
○○:うん。真剣に思ってる。
夏鈴の頬はほんのり赤く染まり、目元が柔らかく緩んだ。
夏鈴:……私も、○○のこと、好きやった。
○○は嬉しそうに微笑み、そっと彼女の手を握った。その温もりが、冬の寒さを忘れさせた。
遠くで見守っていた麗奈は、ふたりの姿を見て微笑むと、小さく「よかったね」とつぶやいた。
春が訪れ、桜が咲き誇る季節になった。キャンパス内の木陰で、夏鈴と○○が並んで座っていた。
麗奈:ねえ、ふたりとも、これからどこ行くの?
夏鈴:どこって、決めてないけど……
○○:夏鈴が行きたいところなら、どこでもいいよ。
夏鈴:……じゃあ、麗奈ちゃんも一緒に、カフェ行く?
麗奈は驚きながらも嬉しそうに頷いた。
麗奈:うん、行こう!
三人の笑い声が桜の木々に響き、暖かな風に乗って遠くまで流れていった。
ふたりの交差点は、たしかな幸せへと続いていた。
三人でカフェへ向かう途中、キャンパスの坂道を歩きながら、○○はふと足を止めた。そして、夏鈴と麗奈を見つめる。
○○:こうして三人で過ごす時間って、やっぱり大事だなって思うよ。
麗奈:うん、私も。この一年、夏鈴ちゃんと○○のおかげで本当に楽しかった。
夏鈴:……大げさだね、麗奈ちゃん。でも、私も楽しかったよ。
少し照れた様子の夏鈴に、○○と麗奈は微笑み合う。その穏やかな空気の中で、三人の距離がより一層近づいたように感じられた。
カフェに到着すると、麗奈はメニューをじっと見つめながら迷い始めた。
麗奈:うーん、やっぱりパンケーキかなぁ。でもパフェも捨てがたいし……。
○○:相変わらず悩むね。じゃあ俺、パンケーキ頼むから、麗奈はパフェでシェアしようか?
麗奈:ほんと!?ありがとう○○、優しい~♡♡♡
夏鈴:……ええなぁ。私もパンケーキにしよ。
麗奈:じゃあ夏鈴ちゃんともシェアしようよ!これで三種類食べられるね!
夏鈴:……麗奈ちゃん、よう食べるなぁ。
麗奈の無邪気な笑顔に、自然と場の空気が和む。
春が終わりに近づくころ、卒業が近い○○の姿を見送る日が来た。麗奈と夏鈴は○○の部屋に集まり、手紙と小さなプレゼントを渡した。
麗奈:社会人になっても、たまには私たちに会いに来てね。
○○:もちろんだよ。ふたりがいるから、俺も頑張れる。
夏鈴は少し黙ったままだったが、手渡した手紙の中には、これまで伝えきれなかった感謝と愛情がぎっしりと綴られていた。
○○が新たな生活を始める中、夏鈴と麗奈もそれぞれ次のステップに向かって歩み始める。
1年後、桜の木の下で再会する三人。
○○:久しぶりだな。ふたりとも元気そうで安心したよ。
麗奈:○○も、社会人生活大変だったんでしょ?ちゃんと休んでる?
○○:うん、なんとかね。でもこうして会うと、やっぱり大学の頃が懐かしいな。
夏鈴:ほんまに。なんか、戻りたい気もするけど……。
○○:でも今の方がもっといいだろ?少なくとも俺はそう思うよ。
○○はそう言いながら、夏鈴の手をそっと握った。麗奈はそれを見て、少しだけ寂しそうに微笑んだが、すぐにいつもの柔らかな表情に戻った。
麗奈:よし!せっかく集まったんだし、またカフェに行こうよ!新しいお店、見つけたんだ~!
夏鈴:……麗奈ちゃん、ほんま元気やな。
○○:それが麗奈のいいところだよな。
笑い合いながら、三人はまた歩き出す。それぞれ違う道を歩んでいても、こうして交差する瞬間がこれからも続いていくと信じながら。
桜の花びらが風に舞い、未来を祝福するように三人を包み込んでいた。