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『コートが夏に届いたら、次の冬に店頭に出せばいいだけ』自分の幸せは、関わる他者の幸せが前提条件という話

先日、友人がこんなことを言っていた。

「私”今日は回鍋肉を作る”って決めてスーパーに行ったのだけど、豚バラが最後の一個だったのよ。それで思ったんだけど、スーパーに行って豚バラが売り切れてたら、そこにある他の食材を使ってできるものを作ればいいんだよね、本当は。”ダメだな、このスーパー”なんて思うの、おかしいよね」

まったく、その通りだと思う。もちろん仕事帰りに慌ただしく立ち寄ったスーパーで欲しい物がなくてイラっとしたことはある。そういう生き方をしてきた。だけど本来は、いつ何時でも欲しい物があるなんて、当たり前ではないのだ。

フォトグラファーであり、ジャーナリストであるシトウレイさんの連載FIGARO・jp「シトウレイの東京見聞録」の中で青山の「Le charme de fifi et fafa(ル シャルム ドゥ フィーフィー エ ファーファー)」というお店を「世界でいちばん好きなお店」だと紹介している。その理由はいくつかあって、ひとつはテイストやジャンルが統一されていないこと。もうひとつは、値段のタグが付いていないこと。バイアスがない状態でファッションをまず楽しんでほしいというコンセプトだそうで、お店としてはいちばんの目的は「買ってもらう」ことではないと言う。

『(前略)人はみんなすばらしい感受性を持っていると思う。ただそれは日々の忙しさとか、社会的立場とかがあるとついつい『感じる』より『考える』ことを優先してしまいがちで。そうすると感受性って次第に縮こまっちゃって。フィーフィーにいる時間ではそういうこと全部いったん置いといて、感受性だったりセンスを大解放して、本来の自分らしさを取り戻してほしいなって』

とはお店の方の言葉。で、ここからがこの記事で伝えたいところなのだけど、納期を職人さんに任せているというのだ。

『私たちは、職人さんに無理してほしくないから、納期に関しては任せているの。そりゃ冬に届くコートが夏に届いたらその時は売れないけど、でもそれって次の冬に店頭に出せばいいだけだからね。納期を優先させたものづくりをすると、作る人に我慢のシワ寄せがでちゃうから。作る人、着る人、そして売る人すべてが幸せで気持ちよい形でお付き合いする方が本質的でしょう?』

さらにセールもしないと言う。

『職人さんに無理させないっていう理由から、フィーフィーはセールはしないの。ここにある洋服もアクセサリーも、このシーズンだけで売らなくちゃいけないものではないから。仮にこのシーズンにタンクトップが売れなかったとしても、来年の夏にも需要はあるからそこで買ってもらえればいいわけじゃない?第一ファッションは生鮮食品じゃないんだもの。腐らないしね』

本当にそうだ。腐らない。なんで流行が次から次へと移り変わって、その度にセールになって、期限があるものだから職人さんも店舗も店員さんもみんな幸せではない働き方になって、いったい何をやってるんだろうって話だ。ファッションだけではないと思う。世の中は「そもそも、おかしくない?」ということだらけではないか。

シトウレイさんは『(前略)自分の幸せを担保するには、関わる人たちの幸せが前提条件にあるという気づき。利己的な利他主義ともいえるかもだけれど、これからの幸せのスタンダードはここにあると思う。』と言っている。

スーパーに常に在庫がないとダメという考え方も利己的だ。社会全体として、「お客様のため」とか言いながら、なんて利己的な考え方で回っているのだろう。コロナでそんなことに気付いた人は多いのではないかと思う。もう考え方を変えて、生き方を変えて、社会を変えていかないと、誰も幸せになれないと改めて思ったシトウレイさんの記事だった。

FIGARO・jp「シトウレイの東京見聞録」はこちらhttps://madamefigaro.jp/fashion/series/reishito/200626-fifietfafa.html


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