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メタ認知できぬが仏 【#20】

人生の5W1Hで大切なのはWHOかも 8/15(mon.)

目覚めと同時に、ちょんさんとラーメン龍でチャーシュー丼を食べる。このお店、味はまずまずだけどいつ行っても空いているとのことで、重宝しているそう。帰りがけに日系スーパーでカップ麺を補充。

侍モーターズというこちらも日系の車屋さんでオイル交換。ベガスは飲食以外も日系の方が営むお店が充実していて、ケニアとの違いを感じる。さすが。

外でタバコを吸っていたら、犬を連れながらランニングをしているハイなアメリカ人に絡まれる。タバコを一本あげたら世間話が一生終わらなかった。「自分もオハイオにいたんだよ」と言ってしまったがために、オハイオ話が延々と続いた。

ジムで運動をしながら街録ch.を観る。

あいみょんのスタイリストさん。自分はライターだったけれど、ある特定スキルに特化した職種は師について技術と人脈を積み上げながら活路を切り拓いていく。その途中の人生で、積雪に耐える期間はどうしたって必要になる。

シーザースが常時3〜5台くらい2/5稼働してくれれば….

今日もベラージオでプレーを始めるも、テーブルはカッチコチ。すかさずシーザースへ移動。が、こちらもテーブルが美味しくなりきらずにダラダラと続く。やっとK,Kが入ったと思いきや、サクッとA,Aにやられて、100bb失う。

夜ご飯は安定のハラルガイズをコンプで食べる。一向にテーブルが美味しくなる兆候が見えずに席を立つ。再びベラージオに移動して状況を見たけれど、明らかにレグで溢れたテーブルだったのでプレーすらせず。こういう場合、シーザースの1/3を打つか、別のカジノを開拓するかしかない気がする。ウィンとかリゾートワールドとか。とりあえず今日は早めの帰宅。

三十路を越え、人生の1/3以上を生きると「人生の5W1Hで重要なのは、歳をとるごとにWHOに収斂されていく」と感じる。若いときはWHATとかHOWに執着してたけど。つまり視点が自我≒主観から、他者≒客観へ、もっと正確にいうなら間主観的なアイデンティティの芽生えを感じる。

最後に、今週までの収支は…

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