おいしいよりたのしい。
おいしさより、まずたのしめ!ってお話を
おいしさも好みも楽しみも
主観的で数値化されにくい。無理やりチャート化したりはできるかもしれない。
コーヒーは飲み物
コーヒーは飲み物とあえて当たり前のことを書き記す。
飲み物であるから、おいしさが注視されるし、
嗜好品であるので好みが反映される。
提供側であるときに
おいしさと好みは重要視しなければならないし、
享受側であるときも
おいしさと好みは重要視される。
なぜ、楽しさなのか。
おいしさと好みは抽象物でさらに個人差がある。
楽しさも抽象物で個人差があるものであるが、有無の範疇でとらえた際は個人の差は大きくないであろう。
おいしさと好みはなぜを掘り下げ幾重ものレイヤーを掘り下げ、共通理解へつなげる。しかも、それが個々に行われる。
すなわち、双方の共通理解には繋がりにくい。
おいしさ、好みのレイヤーの掘り下げに比べて、
楽しさの掘り下げはあまり掘り下げずに共通理解されることが多い。
多くの場合、掘り下げが意味を為さず。
双方の共通理解のハードルが低い、厳密に言うと楽しい・楽しさと言う共通項の確認で解決しがちである。
何故、楽しさなのか。
楽しさの掘り下げの無意味さを記しておきながら、
「楽しさ」を掘り下げる。
楽しむ事は味に影響を与える。からである
淹れ手(提供側)にも、飲み手(享受側)にも大きな影響を与えるからだ。
淹れ手(提供側)
抽出に大きくメンタルは影響しやすく、その影響により出来上がる味も変わる
飲み手(享受側)
味を気にしているようで、空間や雰囲気、自己の気分によって味の感じ方が変わる
要するに
楽しんだ方が良い。得策なのだ。
味や好みのこと考えて難しい顔をしながら飲むものではないし、
それでは楽しむことができない。
だって、楽しいの方が良い
だって、楽しい方がいいし、まず楽しめればおいしさや好みへの近道だし。
おいしいや好みは後からついてくる。
楽しめなければ続かないし、続けられない。
だから、おいしさ、好みを追う前に、
自分はどのように楽しむことが出来るかを考えたり、探し、見つけて欲しい。
自分に合った楽しみ方を
淹れなければ楽しめないわけでは絶対にないし、
飲み方を理解しなければ楽しめないわけじゃない。
ミルク入れて飲んでも、砂糖入れても、ブラックじゃなきゃ楽しめないんじゃない。
本当の楽しみ方なんてない。
あなたの楽しみ方、そしてその答えはあなたが持っているのだから。
楽しむところからハッピーは生まれる。
幸せにおいしさは寄り添ってくれる。まずかったら笑い事にすればいい。
楽しみ方、方法、選択肢がわからないや自信がない、合ってるのかわかんない等
あれば気軽にコメントください。
+もっと掘り下げてかけたらと思うし、
共感するためにコーヒーキュレーションサービス立ち上げるんで。
うん。自分が楽しみ方を知りたい、掘り下げたいって言うのもあるしね。
人生が走馬灯のように駆け回ったら
おいしいコーヒーよりコーヒーで得た楽しいエピソードの方が出てきそうだしね。
ここのサポートでもポルカでもお気持ち(お金)だけじゃなく、
コメントもお待ちしております。
うれしはずかし朝帰りがA面で、うれしい!楽しい!大好き!はB面w