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「パラサイト 半地下の家族」を2度観て。
アカデミー賞
作品賞
監督賞
脚本賞
国際長編映画賞
受賞
カンヌ映画祭
パルムドール(最高賞)
受賞
などなど。
本当は個人的には『1917 命をかけた伝令』が作品賞をとると目論んでいたから、『ジョジョ・ラビット』の感想を書きつつ、”戦争”がコンテンツとしていかに優秀かを書く予定だったのだが、目論みが外れる。
ちなみに
『1917 命をかけた伝令』は予想通り撮影賞受賞。(アカデミー賞は3部門、録音賞、視覚効果賞)
『ジョジョ・ラビット』は脚色賞
本題に戻る。
『パラサイト 半地下の家族』を2度観て。
キャラクターを追うより作品全体・展開を追う映画なのでネタバレさせないように書くのは難しい映画だ。
『パラサイト 半地下の家族』を観る(1度目)
翌日、『万引き家族』を観る(初見)カンヌ/パルムドール続き
ちょっと開いてと言うか、今日(日付変わったので昨日)
アカデミー賞結果眺めつつ(ほぼリアルタイム)ポン・ジュノが監督賞受賞のタイミングで映画館のレイトショー調べて席取れたので観ること決める。
作品賞も受賞。
『パラサイト 半地下の家族』を観る(2度目)
感想書いてる。←今ココ
『ジョーカー』はアーサー・フレックに感情移入したり、
ホアキン・フェニックス主演男優賞受賞おめでとう!
マレー・フランクリンとルパート・パプキンなデ・ニーロ、
そしてアーサーとパプキンって言う感じでキャラクターに没入し、
ストーリーラインにあまり触れずにネタバレを最小限に食い止めつつも、
ちゃんと感想やキャラクターへの共感を綴ることが出来る。
『パラサイト』はそれがとても難しい。
ギテク”父/運転手”(ソン・ガンホ)、ギウ”息子/ケビン先生”、ギジョン”娘/ジェシカ先生”、チュンスク”母/新家政婦”と主人公家族とパクファミリー+α
と2つの異なる階級の家族それぞれの個性や家族格差+α
とキャラクターや家族に目を向けることが出来るが、共感までは昇華しづらいし、この映画の表現はそこではない。
もちろん各俳優の演技は見事だし、画角・フレームコントロール、音楽との合わせ、時々エロティック&ユーモア、ストーリーのリズム感もとても良い。
雨に濡れる”元”家政婦を家に入れるか問題
日曜日の「ワイドナショー」で松本人志が言及、何度も言及していた、
雨に濡れる”元”家政婦を家に入れるか問題
ネタバレするので深くは書かないが、松本人志が感じた”違和感”を誰もが感じるし、実際映画として展開が大きく変わる「トリガー」である。
『万引き家族』は『パラサイト』の前年のカンヌのパルムドール
アジアの隣国が連年獲得するカタチとなり、
社会の中における”家族”をきっかけとした貧困層を描いた社会問題にフォーカスし物語を紡いでいる。
『万引き家族』と『パラサイト』の大きな違いはこの”違和感”だ。
『万引き家族』はボクらに”家族”とは?”正義”とは?と投げかける。
是枝裕和監督が原案、脚本、監督をし、出演俳優が自然に「フィクション」の中に現実味を表現しボクらを没入させ、ボクらに問題を投げかけ、考えさせる。
『パラサイト』は『フィクション』の中に出演俳優の表現によりリアリティありつつ、あくまでも「フィクション」であると線引きをしているような表現であるが、実際には現実社会を生きるボクらに問題を投げかける。
(『パラサイト』も脚本、監督共にポン・ジュノ)
『万引き家族』に違和感を覚えないのは日本人だからで
『パラサイト』に違和感を感じるのは日本人だからかもしれない
「リスペクト」
「リスペクト」の強烈さ、
桃や翻訳では”ジャージャーラーメン”なチャパグリを食べたくなる表現
色々とリアリティある残虐なシーン、エロティックなシーン、
お腹が減るグルメな描写、などなど
だが、
「リスペクト(respect)」の強烈さは脳裏を離れない。
夢にも視そうだw
色々と韓国映画と日本映画のうんぬんかんぬん書いてる記事はたくさんありそうだし、自分には書けない。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(クエンティン・タランティーノ)もあくまでおとぎ話、『パラサイト』もおとぎ話
『万引き家族』は”フェイクドキュメンタリー”とは言わないが、ドキュメンタリータッチなフィクションの人物や家族描写。
アメリカ人は前者が好きで、日本人は後者が好き
になりがち、良し悪しは別。
韓国も”ハリウッド映画的”だからアメリカ人等に受け入れられ、今回の受賞につながっているような気がする。
日本はエキゾチックでやはり”異文化”なのだ。
それをよしとするのか、アメリカにかぶれてアカデミー賞取りやすく取りに行くのか、
”異文化”が評価されて取るのかでは結果は同じでも大きく違う。
経過や過程を日本人は大事にしがちで、そこが異文化なのかもしれない。
そのうちそんなことや”違和感”はなくなってしまうかもしれない。
山水景石
ギウが友人から貰う山水景石
この"石"がギウを表現する。
石("意思"、"意志")はここぞという時に使うべきで
他人に利用されてはいけない。
計画についても考えさせられる。
この話はこんなところで
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