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ODデータの活用で移動ニーズのミスマッチを解消 公共交通で移動しやすい街づくりを目指す田川市の挑戦

 福岡県の中央部に位置する田川市。全国屈指の産炭地として発展し、ピーク時には10万人が暮らしていたといいます。現在は、筑豊地域の中核都市として約 46,000 人が暮らし、その約34%が高齢者です。市民の主な交通手段が車とされる一方、高齢化率が高いため、公共交通をインフラとして維持し発展させていくことは喫緊の課題でした。
そのような状況を受け、同市の都市計画課では街の中心部の活性化とそこを繋ぐ公共交通の整備に数年前から注力をしています。
2021年からRYDEと提携を開始し、乗車券のデジタル化やODデータの取得※1を行い、利用者の乗降データを活用した路線再編に着手し始めました。その狙いや、田川市が目指す未来の街づくりとはどのようなものなのでしょうか?同市の建設経済部  都市計画課 の皆様にお話を伺いました。 

※1:ODデータの取得/「Origin(出発地) - Destination(目的地)調査」の略で、地域内や地域間の人の動きを見ることで交通施策や街づくり、観光振興に活用するデータ。田川市ではコミュニティバスの乗降データの取得をRYDE PASSを用いて行っている。

抱えていたのは“移動ニーズと公共交通のミスマッチ”という大きな課題

──まずは、田川市ではどのような交通の問題や課題を抱えていたのか、お聞かせいただけますか。

(左)建設経済部 都市計画課 都市整備係 藤本 真以子氏
(中)建設経済部 都市計画課 課長  大森 敏宏氏
(右)建設経済部 都市計画課 コンパクトシティ推進室  主事 石橋 賢人氏

大森:どこの地方でも抱えている課題かと思いますが、住民の移動の主な手段が車にシフトし、公共交通があまり使われていません。鉄道にしてもバスにしても、特に若い人の利用は少なく、高齢者や高校生ばかりというような状況です。そのためにバスはどんどん路線廃止になって少なくなっていきますし、鉄道も今すぐにではありませんが廃線の危機感は持っています。

石橋:実際に民間バス会社の路線の廃線により、交通空白地と言って移動手段がない地域が生まれてしまいました。そこを田川市のコミュニティバスがカバーする形で2010年に運行を通開始しました。

大森:しかし、路線バスが廃止されるたびにコミュニティバスを整備してきたと言う経緯があるので、コミュニティバス全体を見ると「本当にこういう路線でいいんだろうか」「効率的な運行になってるんだろうか」という課題がありました。そこを解消するため、約2年半の歳月をかけて令和3年10月に路線の再編もしています。
実は、令和2年の8月にコンパクトシティ推進室が創設されたときに私が初代の室長として就任したんです。その時に市長から「コミュニティバスの市民の評判が良くない。人が乗っておらず空気ばかりを運んでる状態を何とかしてほしい」という特命を受けました。
コミュニティバスの再編と駅前の開発整備をミッションに、街の中心部に当たるエリアの活性化とそこと市内全域を繋ぐ公共交通の整備に力を入れて取り組んでいます。

データの活用こそが市民の正しいニーズを掴める手段だと確信

田川市コミュニティバス

──地域の足として運営が始まったコミュニティバス。しかし、その路線が移動ニーズに対して適切なのかを検証するため、どのようなことに取り組んだのでしょうか?

石橋:バスの利用者の実態に関しては、運転士さんの日誌という形で利用者の実績を提供してもらっています。あとは、職員が乗り込んでアンケート調査なども実施していますね。
運転手からは、コミュニティバスは通院目的の高齢者の方の利用が多いので、病院行きの路線はよく使われていると聞いていました。しかし、実際にそのデータを見てみると、実は一番利用が多いのが大型の商業施設でした。データを活用して、正しい利用実態を把握し、アンケートで補完する形で取り組んできました。

大森:実はこのデータの取得方法、RYDEさんからしたら笑い話に聞こえるかもしれませんが、運転手はバス停に着くたびに乗降人数を手作業でメモしているんですよ。それを、後でエクセルに入力して集計し、どこのバス停の利用者が多いのかを把握していました。
そのため、以前から自動かつ正確なODデータが取れるといいなとずっと思ってたんです。だって、運転手からしたら運転しながら、全てのバス停で人数を記録していくのって結構大変だと思うんですよね。利用実態を正しく把握しながらも、安全運転に専念できるような環境にしたいなっていう思いを抱えていました。特に昨今はドライバー不足も社会的な課題ですから、ドライバーの負担を極力減らすことは重要だと思っています。

──乗車データの取得まで着手できていない自治体も多くあると思います。田川市さんではなぜ以前からデータに着目されていたのでしょうか。

石橋:バスの事業者さんに田川市から運行を委託しているので、元々は利用者数と収入が一致しているかの整合を確認するためにデータを取得していました。ですので、利用実績を路線の再編に活かそうというところから始まったわけではないんです。

大森:しかし、このデータが非常に役立つんですよね。これを昨年の秋の再編のときには活用しました。利用者からの本当にニーズがある目的地はここだというのがわかるし、逆に利用者が極めて少ない目的地も把握できるので、そこは廃止しました。利用が少ないとはいえ、利用者がゼロではないので一部から反対はありましたけど、これだけ客観的なデータがあるからこそ、非効率さも自信を持って説明することができました。なので、データの重要性は私どもとしては以前から感じていた側面が強いですね。

大きな初期投資をしなくてデジタル化を実現

コミュニティバスでのRYDE PASS利用イメージ

──RYDEのサービスで魅力に感じた点はどこだったのでしょうか?

大森:ODデータが簡単に取得できる点はかなり魅力的でした。私たちが計測しているデータは、あくまでも運転手がバス停ごとに乗降人数を数えているだけなので、どこから乗った人がどこまで行くかというODデータにはなってないんですよ。長い路線において、ここから乗った人が最後まで乗っているのか、実は途中で全部降りてしまってるのか、そういった詳細の利用実態を知りたかったんですよね。そうすることで、例えば長い路線にして運転手に負担をかけなくても、実は真ん中で分けようとか。今のアナログな手段でもある程度の人数の把握はできていたけど、より効率的な運行を考える上では既存のやり方を変える必要がありました。

──過去にもシステム導入などを検討されたことはありましたか?

大森:実はRYDEさんとの話の前に、他社とODデータ取得の話をずいぶん進めたことがあります。でも結局、それを実現できなかった一番の理由は金額なんです。システムを導入しようとすると、最初から何百万円もかかってしまいます。田川市の1年間のコミュニティバスの運輸賃収入は1000万ぐらいなので、その投資は現実的ではありませんでした。
行政や、市町村とかでシステムを導入するとなると、様々な手続きが発生しますけど、その中でも予算の獲得、特に議会への明確な説明です。金額が例えば年間10万程度なのと、何百万もかかりますというのでは大きく異なります。

石橋:新たに初期投資として機械を付ける、これがまさにその金額の大半を占めます。しかも、バスも1台じゃないので、予備車も含めると田川市には6台ありますし、そこも難しいですよね。

ーODデータのほか、デジタル化の利点としてはキャッシュレスがあります。そのようなニーズも市民のみなさんからは上がっていたのでしょうか?

大森:キャッシュレスの声が元々大きかったわけではないんですよね。田川市のコミュニティバスは、高齢者の利用が多かったので現金で乗れればもうそれで十分だったんだと思います。ただ、ちょっともったいないと思ったのは、高齢者利用が非常に多いバスになっていたことです。もっと高校生や大学生など若い人に使って欲しかったんですが、そこを考えるとキャッシュレスは一つのポイントになりますし、さらには使いやすい時間の設定が重要だと考え、昨年秋の再編のときには、高校の通学時間に合わせた見直しをしたところ、実際に高校生の利用も徐々に増えています。

藤本:私は田川が地元なのですが、当時は駅から歩ける距離に高校があったので歩いて通学してました。ただ学校の立地によっては、親の送迎車で通う人も多いですね。多い時は校門前に30台くらい車が停車していることもあります。

大森:実は、以前駅の近くにあった高校が20年以上前に郊外に移転してしまったんです。交通の便が悪くなり、今では市内から通う生徒の3分の2は親の送迎で通学しています。そこで、特にその高校は登下校の時間帯にバスが走るように時刻を見直しました。
また、バスをとにかく活用してほしいので価格も安く設定しました。通学の定期だと1ヶ月2000円で、全線乗車できます。6ヶ月の定期だと、1日82円ととってもお得です。今年の3月の新入学生の説明会で保護者に配布して告知したところ、4月はお陰様で29枚定期券が売れました。これは今まででは考えられないことなんです。ただ、それは全部紙の定期券なんですね。バス営業所か郵便局でしか購入できないのですが、そもそも家から遠くて購入が大変な人も多いし、市としても販売手数料を払ったり印刷代がかかったりと負担が大きい。
それを何とかデジタル化して、自宅にいながら購入でき、販売手数料や印刷代といった負担を減らしていきたいと考えています。
実はRYDEさんとのお話も、この定期券のデジタル化がきっかけだったんですよね。こんなに便利なものがあるのなら使わない手はないなと。


データを活かして市民にとってより住みやすい街を目指す

──今後、RYDEとどんなことに取り組んでいきたいですか?

大森:データが蓄積されたら一番やりたいのは、やはりルートの見直しですよね。前回の路線再編ではODが完全に取れてない中、ある種想像の中でこういうルートが効率的なんじゃないかと仮説ベースで再編をしました。そこをデータによる裏付けをもって、例えばよく利用される区間が乗り換えなしで行けるような路線にするなど、利用ニーズと合致した路線再編を行っていきたいと考えています。

石橋:RYDE PASSが、田川市だけではなく、例えばいろんな事業者さんとか自治体に広まり、福岡県内はもちろん全国どこでも行けるようになって欲しいですね。それは市民にとっても、かなり利便性の向上になりますし、データに関してもより面白い活用ができそうなので期待しています。データが蓄積されたら一番やりたいのは、やはりルートの見直しですよね。前回の路線再編ではODが完全に取れてない中、ある種想像の中でこういうルートが効率的なんじゃないかと仮説ベースで再編をしました。そこをデータによる裏付けをもって、例えばよく利用される区間が乗り換えなしで行けるような路線にするなど、利用ニーズと合致した路線再編を行っていきたいと考えています。

藤本:データ以外にも、RYDE PASSのアンケート機能の活用はしていきたいですね。
以前から導入されている他の自治体さんの活用例で、すごく利用者の声が集まっていたので良いなと思っています。
今、田川市でアンケートを実施しようとすると、紙のアンケートになってしまいますし、告知も市の広報や市役所の窓口とかになるのですが、それを見ない人って結構多いと思うんですよね。なので、より多くの利用者の声を集められる点は魅力的です。
そういった市民の声は、交通はもちろんそれ以外のところでも活かせる新しいアイディアになると思うので、市全体として新しい取り組みに繋がるのではないかと楽しみにしています。

大森:田川市に限らず、公共交通を所管してる他の自治体と話をするとどこもまだまだアナログなんですよ。デジタル化できない理由としては、やっぱり初期投資の費用が大きいんです。どこのコミュニティバスも赤字の中、税金を投入して運行している以上、これ以上負荷はかけられないと思います。RYDE PASSは初期投資がかからず手数料のみなので、初めて話を聞いた時は本当に驚きました。そういった低価格でデジタル化に挑戦できるシステムがあると、他の自治体にもどんどんデジタル化を広げていけるのではないかと思います。
昔、西鉄さんにバスカードというプリペイドカードがあったんですが、私は当時高齢者の利用が多いバスにおいて、普及するはずがないと思っていたんです。
ところが、あっという間に高齢者がみんな持つようなものになって衝撃を受けたのを覚えています。
最初は「こんなのわからない」って言ってる人が多くても、誰かが使い出すと「ほら私はこんなんの使ってるよ」といったかたちで口コミで広がっていくんですよね。
いずれは、バスに乗車する際みんながスマホを見せるような世界にしていきたいですね。過去の体験からも、そういった世界が遠からずやってくるのではないかと期待しています!


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